泉町で、酒ものませない、御飯もたべさせない、となると、万事温泉客に依存している町柄であるから、全市死相を呈するのは仕方がない。
駅前にはアーチをたてて按針祭の景気を煽っているが、電車から吐きだされた旅行者らしきものは私ひとり、いくらか人の肩と肩がすれちがうのは道幅一間ほどの闇市だけで、大通りは、光と影をみだすものとては熱気のこもった微風だけである。常には賑いを独占している遊興街も軒なみに門戸をとざし、従業婦もとッくにオハライバコで、死の街であった。
「しかし、君の旅情を慰めるためには別アツライの席が設けてあるから、落胆しないでくれたまえ。どうやら、君の歩く足が、とみに生気を失ったようだが」
と、彼は私を慰めて、
「せっかく意気ごんで来てくれたのに、夢の一日は煙と消えて、こんなことを頼むのは恐縮だが、君にひとつ尽力してもらいたいことがある」
「なんだい」
「詩をつくってもらいたい」
私は返事の代りにふきだしてしまった。生れて以来、一度や二度は詩をつくったことがないでもないが、散文を書きなれた私には、圧縮された微妙な語感はすでに無縁で、語にとらわれると、物自体を失う。物自体に即することが散文の本質で、語に焦点をおくことを本質的に嫌わねばならないのである。
私がふきだしたのを見て、友人は気分を損ねたようである。
「まア、いゝさ。今に、わかるだろうよ」
森の魔女が咒《のろ》いをかけるような穏やかならぬ文句をのべたてて、
「君に見せたいものがある」
彼は私をアトリエへ案内した。アトリエのマンナカに、なんとも異様な大きな石が、ツヤツヤみがきこんである。
「君に見てもらいたいのは、この石像だが」
「石像?」
「ウン」
「この石でつくるのかい」
「これが完成した石像なんだよ」
と、彼は私をあわれみの目で見すくめた。
詩の仇を石でうつとは不届き千万な。シュルリアリズムは拙者若年のみぎりお家の芸、はチト大きいが、アンドレ・ブルトン、フィリップ・スウポオ、ルイ・アラゴン、ポール・エリュアールetcの飜訳があるときいたら、奇妙な石ぐらいで目はくらまされないと知るべきである。事、石神(シャグジとよむよ)道祖神に関しても、拙者年来のウンチクがあって、帝釈様の御神体なぞ、余アマネクこれを知るetcの学がある。
「敗戦以来、ア※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン・ギャルドに御転
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