運は甚大であるに相違ない。それからそれへ聞き伝えて押すな押すなの大繁昌であろうという考えであった。これをきいて、たちどころに一笑に付したのは狂六だった。
「温泉へ入院にくるヒマ人はいないよ。第一アンタがそういう考えを起したのは、ちかごろアンタの評判がわるくて患者がこなくなったせいじゃないか。目先の変った新趣向の旅館をひらいてお金をもうけたい一念じゃないか。しかるに、世のため人のためと云いたがる料簡がチャンチャラおかしいのさ。そんな料簡でいくら趣向をこらしたって、お金もうけができますか。オレだってお金が欲しくて仕様がないのだから、本当にもうかる話ならすぐ飛びつくけどね。別荘をかりて旅館にしたけりゃ、普通の旅館で結構じゃないか。なんのためにその来館へアンタというヤブ医者が現れてお客を診察する必要があるのさ。まるッきりブチコワシじゃないか。幽霊かなんかが現れる方が、アンタが現れるよりも気がきいてるよ。しかし、なんだね。アンタが現れるのはまずいけれども、玄斎先生が現れるのは趣向かも知れないよ」
 狂六はこう云ったとき、自分の思いつきの素晴しいのに、思わず膝を叩いたのである。彼は上気して叫んだ。
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