影のない犯人
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)敬々《うやうや》しく
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     診察拒否の巻

 この温泉都市でたぶん前山別荘が一番大きな別荘だろう。その隣に並木病院がある。この病院でその晩重大な会議がひらかれていた。集る者、三名。主人の並木先生(五十五歳)剣術使いの牛久玄斎先生(七十歳)一刀彫の木彫家で南画家の石川狂六先生(五十歳)いずれも先生とよばれるほどの三氏である。
「アナタがバカなことを口走るものだから、こういうことになったのですぞ」と並木先生は締め殺しかねない目ツキで狂六を睨みつけた。その怖しい目ツキに狂六はふるえあがって、
「バカ云うない。アンタの目ツキは殺人的だよ。誰だって、その目を見れば一服もられそうだと思うよ。止してくれよ、オレに一服もるのは」
「なんですと。聞きずてなりませぬぞ」
「まア、まア。内輪モメは止しましょう」と、さすがに最年長の玄斎、鶴の一声、見事である。剣術できたえた岩のような身体、若々しい音声、端然たる姿。ほれぼれする威厳である。狂六は頭をかきながら、
「しかし、ねえ。オレのせいにするけどさ。それはオレ
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