か」
「アナタ、パンパン宿以外に泊ったことないでしょう。たとえば熱海。アナタ、どこへ泊った? 糸川しか知らないでしょう」
「よせッたら。キミは黙秘権というのを、やれよ」
「この際アベコベでしょう。アナタがそれをやるんですよ」
「うるせえなア。なんのために来たんだか、分らなくなッたじゃないか。実は、その、並木先生の問題ですが、先生が一服もるなんてとんでもないです。そもそも医者は毒薬に通じておりますから、毒殺すれば必ずバレることを知っております。ですから、毒殺は素人が用いる手口でして、ボクは探偵小説をよんでおりますから――もっとも、医者が毒殺の手口を用いた例も二三ありますけど――そういえば、かなり、あったかな。音読んだのは忘れちゃった。奥さんも探偵小説の愛読者だから、ごまかせねえかな」
「私が並木先生をおことわり致しましたのは先生のお見立がオヘタでいらッしゃるからですよ。いかに探偵小説を愛読いたしましても、まさか先生が一服おもりになるなんて考えやしませんわ」
「じゃア、ケンギ晴れたんですか」
「狂六先生、シッカリしてよ。ボクまで恥ずかしくなッちゃうよ」
「そうか。見立てがオヘタだから、と。つまり、そうか。これは、決定的だな」
「そうですよ。まさに、文句ないです」
「ウーム。アイツはヤブだからな。どうして当家の先代はあの先生に学資をだしたんでしょうね。ムダなことをしたもんだなア」
「アナタの一刀彫の手並も似たもんじゃないですか。ムダなことをしてるなアと誰かがきっと云ってますよ」
「よせよ。キミはうるさいなア。全然オレはキミと会話してるじゃないか。キミと会話するんだったら、こんな無理しなくとも、いつでも、できるじゃないか。今日は全然ダメだ。奥サン失礼いたしました」と狂六は苦心のカイもなく、退却せざるを得なかったのである。

     殺人事件の巻

 ところが、一月ばかり床についたのち、一作氏はなんとなく死んでしまったのである。
「どうも、変ですなア。主治医として、まったく面目ありませんが、病因がハッキリ致しません。はじめは高血圧のせいで、他にさしたることはないように考えとったのですが……」
 と並木先生の代りに選ばれて診察に当った太田先生が葬式がすんだ後になって、光一にもらしたのである。
「すると、他殺だという意味ですか」
「イエ。そうじゃないです。ともかく、解剖して病因
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