く方法のちがうものだから、いっぺん、つくってみたくなるのだ。発想法も、表現の角度も、現実の捉え方も、全然ちがう。だから、時々、ひとつ、つくってみたいな、と思うのだ。
私はいちど日映にいたこともあるから、いくらか、映画の社会を知っているが、しかし、素人の域を脱しない。だから、誰か演出の助手が必要だし、音楽家との密接な共力の必要のことなど考えると、そういう人間関係の煩労に、考えただけでも堪えられなくなってしまう。
結局、小説を書いてるほかに手がないということになる。事、志とちがう点も、なきにしもあらず、なのである。決して、物臭さではない。時々、やりはじめるが、完成しないだけなのだ。
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私は、弟子というのも好きではない。私は誰の弟子でもなかったが、誰の先生になりたいとも思わない。
第一、弟子というものが、先生に似たら、もう、落第だ。半人前にもなれやしない。自分に似たものを見るのは、つらい。
しかし、芥川賞の選者をひきうけてから、責任を感じているので、なるべく同人雑誌に目を通すだけの殊勝な心を起すようになった。私が人のためにしてあげられることは、それだけだ、と、なさけない限度を心得ているからである。
芥川賞の委員会で、佐藤春夫さん、岸田国士さんの選者ぶりが、一番私にはおもしろい。お二人ともリリックな、その作品の幅は狭い方々だが、選者としての目が非常にひろいのが、好ましいのである。佐藤さんの弟子はたいがい先生に似ておらず、非常に雑多であるが、選者としての佐藤さんも、まことに不偏不党、目がひろい。
岸田さんときては、いつの委員会でも、みんなうまい、実に小説が上手だ、どれといって、実に、こまった、と云って、常にことごとく感心して選ぶのに悩みぬいていらッしゃる。素質ある芸術家は、他人のどんな小さな素質にも感心するのが当然で、岸田さんの素質のすぐれていることを証しているのだろうと私は思う。
芥川賞にはもれても、立派な素質がある人は世間の目にもれないようにしてやりたい、ということ、それだけの義務はつくしてあげたいということは、ハッキリ考えているのだから、弟子になりたいなどと私のところへ押しかけてくる必要は毛頭ないのだ。弟子である必要はない。よい作品を書く人を世にだすことは、私のささやかな仕事の一つと思っているから。私は弟子を愛さない。よい素質とよい作品を愛すだけだ。
私のところへ原稿を送ってよこして、批評をサイソクするのも、やめなさい。返事がなければ、落第だと思うべし。しかし、私に会いに来たもうな。すでに書いたように、私は人に会いたくないのだ。会っても、なんの役にたつような教師の資格をもった人間でもない。私から学びたければ、私の書いたものをよんで、自分勝手に会得することだ。
私は誰にも会わないが、素質ある人を見出すことを忘れてはいないのだから。そして、私に似ているものを、よろこびはしないのだから。
三島由紀夫をなぜ芥川賞にしないのか、と云って、私のところへ抗議をよこした人がある。事情を知らない人々には、まことに尤もな抗議であるから、この機会に釈明に及んでおくが、三島君は芥川賞復活当時、すでに多くの職業雑誌に作品をのせ、立派に一人前に通用していたから、すでに既成作家と認め、芥川賞をやるに及ばぬ、という意見に全員一致していたからである。
私が意外の感にうたれたのは、戦後派賞という戦後派の人を選者にした賞で、島尾君が賞をうけたのは、それはそれでよろしいのだが、次席として、三島君の名を明記するに至っては、私は呆れはてた。
選者に人を得ないのだ。人の作品の選をするということは、子供にはできない。戦後派などという特別の美の規準があるとでも考えているような子供の目で、大らかな芸術を正しく認定するようなことができるものではない。選者の多くは、例の文化人、ウヌボレ屋のヒマ人の、共産党又は批評家的なるもののたぐいであるから、なんの怖れも知らない。
責任をもって人を推す、選をする、ということは、省れば怖しいことでもある。
私は、しかし、それが人のために私のしてあげられる唯一のことだと覚悟をきめて、正しく責任をつくしたいと念じ、とにかく私は私情によって左右されない自分にいくらか恃《たの》みがあったので引きうけた。引きうけたからには、良いものを見のがすことがないように、もらった雑誌はガリ版ずりでも生原稿でも、事情の許すかぎり読むように努力しているのである。
コチコチの一方的な偏見でしか物が見られない少年やウヌボレ屋のヒマ人に、選などはできないものだ。自分の弟子や流派に私情をもつ人にも選者の資格はないと私は思う。芸術はもっと大らかな大きなもので、小さな自己への怖れを知る人でなくては、物の正しい姿を認定することはできな
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