が、どの芸者とも関係したことがなかつた。さういふことが、私の娘心にひどく、こたへた。
 私はそのころ、キタ助だのサブ郎などゝいふ六区の役者と友達で、木村からもらつたお金で二人にお小遣をやつたり、着物をこしらへてやつたり入りあげるやうなふうを楽しみに遊んでゐたが、木村はキタ助やサブ郎を座敷へよんでヒイキにしてくれて、ちつともこだはらなかつた。
 キタ助だのサブ郎は役者根性で、座敷へよばれてお金をもらつたりすると、すぐヘイツクばつて自然に幇間《ほうかん》になつてしまふ。そのくせ蔭で木村の悪口を言ひ、いかにも自分たちが色男で女にもてる性で、自分たちをヘイツクばらせて三文の得にもならず金も女も失ふばかりの木村は馬鹿野郎だとせゝら笑つてゐる。私はさういふ河原者根性に反感をもつた。そして、座敷でヘイツクばつてゐる彼等のみすぼらしさがいやらしくて堪らなくなつてしまつた。
 私は周囲のあらゆる反対を押し切つて、急に、押しかけ女房みたいに、私の方から勇みたつて木村と結婚してしまつた。私達の婚礼は戦争中だが盛大極まるもので、私は三十分おきぐらゐに着物を着換へて現れて、満座の注目を浴びるのが、うれしくて仕方がなかつた。みんなの前で木村の首ッたまに抱きついてやりたいぐらゐ、この結婚を誇りにしてゐたものである。
 そのとき騒ぎの中で声がした。
「新婦は新郎にセップンしろ。みんなの前でやれ。やれやれ。たのむ」
 ミン平であつた。私はそのときまで、ミン平の名前はきいてゐたが、顔は知らなかつた。私はキタ助とサブ郎は婚礼に招かなかつた。その代り、一面識の一座の面々の重立ちを招いたのだ。彼等は酒が飲めるから大喜びで、招かれない四、五人までわりこんできた。ミン平はその一人だ。彼は脚本書きだつた。私は色男然としたキタ助とサブ郎が、招待されずに、口惜しがつたりやいたりしてゐる様子が愉快でたまらなかつた。私は彼等に弱い尻は握られてゐない。私は役者に入りあげる遊びをたのしんでゐたが、彼等と泊り歩いたことは一度もなかつたのだから。
「やつてくれ。セップン。たのむ」
 ミン平は執拗につゞけた。彼は酔つて目がすわつていた。
「新婦エレイゾ。ほめてとらせる。今日の新郎も気にいつた。役者なんて、人間ぢやないから。キタ助やサブ郎のイロになつて満足なら、わたしはお前さんを大いに軽蔑するはづだつた」
 彼は私たちの前へ坐つて、
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