介者も差配も家主も念には念を入れてダメを押したのを承知の上で越してきた。
奇妙な貸家で、だいたい差配というものは家主に使われているのが普通のはずであるが、ここはアベコベに、差配が伊東で一二を争う金持で、御殿のような大邸宅に住んでいる。家主の方も相当な洋館にいるが、差配にくらべると、月とスッポンである。差配は七十ぐらいの老人で、市会議員で、土建の社長だそうだ。
かりるに当って女房が挨拶に行ったら、温泉のぬるいことを例外なく念を押して、
「あの婆さん(家主のこと)自分の掘った温泉だから、意地をはって、ガタガタふるえながら、はいってる。絶え間なくタオルで身体をこすりながら、はいってる」
と云ったそうだ。
家賃はいくらでもいいと云うから、こッちで勝手にきめて持たせてやったら、多すぎる、と云って受けとったそうだが、東京の相場の四分の一ぐらいの家賃かも知れない。伊東は家賃がやすい。
そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、
「それは勝手だが、あんなもの、温泉と思っちゃいかん」
と、全然ここの温泉を軽蔑しきっていたそうで、婆さんが絶え間なくタオルで全身摩
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