リ。神仏はあるものよ。怖しや、有りがたや」
と隠居は財布のヒモをほどいて、定めのお初穂《はつほ》百二十文《もん》敬々《うやうや》しく差上げて立ち帰りました。ところが待てど暮らせど失せ物は現れません。七日はおろか、ついに一周忌がくるというのに、現われなかったのです。
[#5字下げ]損の上の損[#「損の上の損」は中見出し]
妙庵先生、下情《かじょう》に通じているばかりでなく、一通りは古典にも通じ、またオランダ渡りの鑑識にも通じております。話をきいて打ち笑い、
「盗人に追い銭とはそのこと。さては山伏にはかられましたな」
「いいえ。自然に御幣がうごき御燈明が消えたフシギはウソではありません」
「それはゴマ壇にカラクリがあるのです。ちかごろ仕掛け山伏と申してな。ゴマ壇にカラクリを仕掛けてフシギを見せて金をとる悪い奴がでているのですよ。松田|播磨掾《はりまのじょう》のカラクリ人形を御存知ないかな。白紙の人形が人手をふれずに土佐踊りをするのですが、仕掛け山伏はこのカラクリを応用いたしておる。御幣をたてた壺の中に生きたドジョウが入れてあるのです。錫杖で壇を打つからドジョウが驚いて騒ぎます。そこで御幣がうごく。山伏は錫杖で壇を打ったでしょうが」
「打ちましたが、それで御燈明が消えたわけではございません」
「それはな。燈明の台には砂時計の仕掛けがほどこしてある。小さな孔があって、定まった時間に定まった油の量がタラリタラリと自然に抜かれるようになっています。どれだけの時間で油の全部が抜かれてしまうかということは、時計の仕掛けだからチャンと定まっていて狂いがない。山伏はその時間を知っているから、油の尽きる直前にちょうど祈り終るようにするのです。思いだしてごらん。山伏は燈明をともす前に、まず燈明の台をなんとなくいじくっていたでしょうが」
これをきくと隠居の血相は変って、たちまち血の気はスッと落ちて、フラフラとひきつけそうになりました。
「それじゃア、あの百二十文も、かたり取られたのですか」
ギャアッという大音がして、隠居の五穴から泪があふれました。身をふりしぼって、泣きわめき、
「この年になるまで一文の金も落さず暮してきましたのに、今年になって損の上に損を重ねてしまいましたか。私としたことが、妹にもらった銀《かね》包みをただ身につけてそッとしまっておけば何事もなかったのに、神ダナ
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