心な常連となつた。碁会所の繁栄は暫くつづいた。
(三)[#「(三)」は縦中横]
碁会所が繁栄するにつれて、お客の中には、うるさいことを言ひだす人が、だん/\あつた。関さんの評判が悪いのである。
関さん碁が大好きだから、お客を見ると、まつさきに合戦を挑み、忽ち夢中となつて、あとから来たお客の方は見向きもしない。
ぼんやりしてゐるお客がゐても、自分の合戦を中止して、敵をゆづるといふ大精神が完全にないのである。勝てば忽ち気を良くし、いや、あなたはちよろいと納まるし、負ければ大いにいきりたつて、負け惜しみを並べ立てること騒々しい。
合戦中はつり銭をだす労力も面倒なので、あしたにしておくれやすと云つて、見向きもしない有様だつた。したがつて、よつぽど幸運なお客だけが、関さんに座布団をすすめられたり、一杯のお茶にありついたり、するだけだつた。関さんは碁席に寝泊りしてゐたが、来客が揺り起すまでは、決して自発的に起きないといふ磐石の信念を変へなかつた。
食堂の親爺は金主だから、お客のぼやきをきくたびに、焦ること一通りでない。
常連もふえて、有段者も二三あつたが、Kさんといふ一級の人が、力はいちばん強かつた。商売に失敗し、芸で身を立てようと思案中であつたから、好機逸すべからずと食堂の親爺夫婦にとりいりはじめた。お客の方へも手を廻して、関さんをすつかり悪者にしてしまつたのである。関さんくさつて、子供みたいに、家出をして、四五日行方をくらますなどといふ椿事である。
そのうち親爺もKさんの魂胆が分かり、Kさんの前身が、何の某の身内の何の某といふ人物だつたといふやうなことも分かつて、大いに慌てはじめた。親爺悄然として僕のところへ助力をもとめにやつてきた。事面倒と見ると、万事先生に委すのである。先生そのころ碁の方にいくらか覚えができたけれども、腕力に覚えがないので、大いに弱つた。
この碁会所は、元来僕の大精神によつて、断乎賭碁を厳禁したので、松原署の特高係Tさんといふ会員までできたほどだ。ほかの碁席はTさんを敬遠するので行けないのだ。そこでくさつたのが、友禅の板場職人高野さんだつた。山本宣治の葬式の一番先頭に赤旗を担いだ威勢のいい人物だからである。「坊ちやん」を無学にしたやうな、正義派で、勇み肌の快人物だが、この碁会所の創設から肩を入れること並々でなく、宣伝のため
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