、その道場も、そして剣を使う農民たちも、昔と同じように今もそうであることを知って茫然としたのである。
今の呼び方では群馬県|多野《たの》郡入野村字馬庭。字である。戸数は二百戸ほど。高崎から上信《じょうしん》電鉄でちょッとのところである。
上州には今から千何百年前の石碑が三ツある。多胡碑《たごのひ》、山上碑《やまのうえひ》、金井沢碑と云って、いずれも歴史上重要なものであり、私にとっては一見の必要あるものであったが、呆れたことにはこの三碑がまるで馬庭をとりまくように散在していた。多胡碑の里から火事がでて馬庭へ飛び火したこともあるそうだ。馬庭の旧家|高麗《こま》さんは頭をかいて、
「隣り村の火事と安心して見物にでかけた留守に私の家の屋根が燃えはじめていました。上州のカラッ風は油断ができません」
そして、こう教えてくれた。
「私の父も念流の目録まで受けた人ですが、私は剣は使いません。馬庭で一番古いのが私の家で、その次に樋口家が移住して、ごらんのように隣り合って家をたて村をひらいたのだそうですが、そんなわけで私の家だけは無理に剣を習わなくてもよいのだと父が言っていました。他の家は必ず剣を習
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