当然必要だけれども、性格に主点を定めて人生を見ることが少ないし、その文学活動に於て易断を行うことはないものである。
 易断は性格判断でもある。文学と易断はその点ではまるで違ったものなのである。

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 たとえば、反家庭的とか、家を捨てる性格というものは、文学上の問題とはならない。家庭に反せざるを得なかったこと、家をすてざるを得なかった条件が問題となる。必ず家庭に反し、必ず家をすてる人間というものは存在しないのである。
 私が若くして家をすてたのは事実だが、反家庭的かどうかは疑わしいし、家をすてる必然性も疑わしい。金をよく散ずることも事実だが、これも性格であるか、思想であるか、にわかに判じがたいところで、私が思想的に蓄財する可能性は少くないのである。また、私の散財が思想的な結論からきていることも云えないことはない。性格と思想が同じものだということはウソである。相反する思想を所有することはできるが、相反する性格はそうはいかない。
 同一人が左右両思想のいずれかへ走り易いという性格はあるが、この場合の左右というのは性格に無関係な思想上の左右であるか、蓄財か散財か、家庭的か反家庭的か、ということは性格として相反する左右であるが、思想としては同一人がいずれへ走る可能性もあることで、私がにわかに蓄財家になっても別にフシギはないのであるし、いつでもなれることなのである。あるいは、性格とか思想というよりも、意志の問題かも知れない。私はむかし薬品中毒したが、今はそうではない。中毒者の性格ということも一応考えられるだろうが、実際は意志が左右する問題であって、意志は性格よりも後のものだ。もっとも、意志することも一つの性格だという見方があるかも知れないが、すると意志以前は何と云うべきであろうか。
 徳川家康は五十を越し六十ちかくなっても、にわかの大事に会うと、顔色蒼白となり、手の爪をかむクセがあったという。関ヶ原の時、戦闘開始するや、秀秋の裏切りがハッキリするまで形勢全く彼に非で、金吾の奴にはかられたか、と蒼ざめて爪をポリポリかみつづけていたという。
 こういうところは今日の医学では小心者の精神病者の性格である。ところが家康という人はにわかの大事に会うとテンドウして蒼ざめたり爪をかむけれども、その逆上コンランを押し鎮めて後には、周到細心、着実無比の策を施し、眼をはたらかせる深謀遠慮、沈着の智将なのである。
 そして家康の一生には、その武将としての足跡には、三方ヶ原の敗戦このかた蒼ざめて茫然自失した跡などは見られないが、しかも事件突発の当初に於てはそれが五十すぎても変らない持ち前の性格で、側近の見た偽らぬ家康、彼の平凡な一面だったのである。
 氏も素性もない他人の女房にかぎって妾にしたがるところは甚しく好色に見える家康だが、それは外道的、反家庭的のように見えて、彼の一生はそうでもない。わが子の一人二人煮ても焼かれても平気な風もあり、わが子を平気で殺しもしたが、それが反家庭的かと云うと、実は徳川幕府というたッた一軒の家督をまもるためでもある。
 要するに、家康という人間の行蹟を見て、そこに彼を語る軸をさがすとすれば、それは彼の性格ではなくて、彼の思想であり、性格の上に意志がはたらき、一ツの思想に形成されて熟慮断行されたものが、家康の行蹟であり、家康という人間であった。
 同族会社か株式会社か、天皇制か大統領制か、そんなことも性格ではなく思想的に解決せられることであろう。
 人生を性格と見るのは易断の弱点の一ツで、人生をひらくものは性格ではなく、意志であり、思想なのである。性格には正邪はないが、思想には正邪がある。人生の価値を決定するものはその正邪の方で、性格はそれ以前の原始なものと知るべきであろう。

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 常識的でない、というのも問題のあるところ。日本でも私は次第に常識と解され、常識化されているように思うが、よその国へ当てはめてみると、私の常識性はハッキリするように思う。私の方が普通で、日本の他の文士の方が常識的でないように思うのである。
 人とは絶対に相容れないとは手きびしいな。そんな人間はいないでしょう。人と相容れ易いという方が、どうかしてるんじゃないかな。人と容れる容れないも、思想的なもの、考えられた生き方ですよ。
 たとえば石川淳は私よりも孤独的で、友達もないが、根は私よりも心あたたかく、ヨコシマなところなく、誰にでも愛さるべき人である。彼を愛さぬ人は愛し得べき良さ美しさに理解できないせいもあろうし、彼に匹敵する深い愛情や、人間の交りはそのような深さに於てのみ相許さるべきことを知り得ないせいもあろう。
 私は人と相容れないどころか、相容れて困るぐらいかも知れない。そして私は昔から少数の目上の人に愛され
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