不案内だからコンランは益々コンランを重ねるし、そのコンランの時間は甚しく長く、私の場合約五ヶ年かかったな。
 何度恋愛しても、一時的にコンランし、夜もねむれないほどの苦痛になやむのは、たしかに同じことだけれども、だんだん時間的に短くなり、一ヶ月、一週間、三四日と、ひどくちぢまるものだ。もう、こうなると、恋愛即浮気で、ほとんど、とるに足るものではなくなってしまう。
 ただ我身をかえりみて云えることは、いつまでも浮気ッぽい癖だけはどうにもならないだろうと云うことだ。意識的にそうである一面もある。すべては、ひどく、メンドウだ。けれども敢てメンドウを辞さないようなムリな一面もたしかにあるが、それは商売上の慾念や、商売意識からのものだろう。まるで商売熱心にかこつけるようだが、そういう言いわけの意味はミジンもなく、第一が天性浮気ッぽい性、第二が時にひどくメンドウくさくて敢て辞さないようなことがあるのは商売意識のせいもある、というだけのことです。
 云いかえれば人生はひどく退屈だし、浮気なんて特に退屈千万で、いわばムリして女にサービスするようなバカらしい空虚な時間であるが、何が一番ハリアイがあるかというと、とにかく商売だけだ、ということだけはハッキリ云えます。

          ★

 死刑囚の閑日月と云うような妙テコリンの写真から、とにかく、こういう判断を下した桜井さんは、相当健康で合理的な判断力がある方で、神がかりや邪教的な要素が少い文化易者と見立てることができよう。
 文春記者の語るところによると(今きいたのだが)桜井さんは本人に会って声をきくと判断し易いと云って、写真だけではうまく出来ない理由としたそうだ。
 声をきいてみたい、というのは、たしかにその通りだろうと思う。私も声や声によって現される言葉には、その人間が現在位置している場所、つまり、職業とか身分地位というようなものを綜合的によく具現しているに相違ないからである。声にはその人間の確信も信念もこもるものだし、その声を分類し、声の裏にかくされたものや、言葉の意味が彼の心からどの程度の軽重さで発せられたかも分るものだし、それは私たちだって、桜井さんと同じように相手の声を読むものです。
 若い青年の議論が、どの程度彼の身についたものかは、声で一番よく分るものです。どの程度の信念か、それも分る。まア、私たちには私たちだけの必要があってのことだから、声を判断に利用するのはその程度にすぎないけれども、職業によって利用するにはたしかに声は大切で、易断の方では私が声を利用するのと別な角度や方向があるに相違ないことは想像ができる。
 声をききたいという桜井さんは、益々易断の合理主義者と云うべきかも知れない。銀座にふさわしい易者で、文化人に好評を博す素地ある人であろう。
 しかし、その人の一生を本当にうごかすものは性格ではなくて、環境や偶然でもあるし、又、さらに、意志や思想であるが、それも偶然や環境等の諸条件の支配をまぬがれることはできない。
 易断に何が一番必要かと云えば、過去をよく当てるというのは単に易断の前座的なものにすぎないもので、さりとて、その未来を当てるための占いは健全で合理的な易者のつつしむところと致されねばなりますまい。
 目下沈んだり隠れたりしている彼の長所をかきたて、彼のより良くより強い信念とか、逞しい意志などをひきだすエニシとなり、彼のより良い人生のために職業上の技術と善意とを役立ててやることではないでしょうか。
 あなたのような合理的で健全な易者は未来を占うことの愚かしさを知り、人々のよりよい未来のために正しく諸条件を判断してやり勇気を与えてやるために職業上の技術をつくしてやるべきでしょう。
 その人の意志と諸条件への正しい判断によって、未来はいくらでも変るものです。そうではないでしょうか。とにかくあなたは健全な易者ですよ。



底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
   1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第六巻第一二号」
   1951(昭和26)年12月1日発行
初出:「オール読物 第六巻第一二号」
   1951(昭和26)年12月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※初出編集時に撮影された写真は、旧著作権法の規定により、保護期間を過ぎていると判断し、収録しました。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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