は、清水の考えるほど、新聞からダマサレ放題になるような、衆愚ではないのである。究極において、民衆はダマされない。ジャーナリズムの威力では女流作家を殺す力はないであろう。
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[#地から1字上げ](六・三〇 東京)
[#地から3字上げ]平林たい子
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宮本竹蔵氏は、ジャーナリズムの酷使が林芙美子の死を決定的にした、という私の言をつかまえて、平林はジャーナリズムを悪人にしたとひどくいきまいているが、私はむしろ日本の出版企業の弱さ貧しさに同情したつもりだった。冒険をゆるさない貧弱な資本が、安全性の多い少数の人気作家にその要求を集中するのは当然なことで、それにいちいち応じた場合、作家が肉体的にも精神的にも疲労消耗するのもまた当然なことだ。自分の肉体力への過信が林芙美子をしてジャーナリズムの渦中にとびこませたことは否定できない。(談)
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東京新聞「放射線」欄の宮本竹蔵先生の所説は、ジャーナリズムだけが悪人ではなくって、過度の要求を承知でひきうけて濫作する作家の側にも罪がある、ジャーナリズムには女流作家を殺す力がない、ということを言いたかったのであろう。節度を旨とし、秩序ある論理を展開して結論に至れば、それで申し分なく、それも一ツの説である。各人各説というもので、自分はこう思う、ということを適切に表現して読者の批判に供する。新聞の論説は時代の正論をさがし、それに近づくことを旨とすべきものであろうが、正諭の支えとなるものは論者自身の信仰ではなくて、読者の批判なのである。
ところが宮本竹蔵先生の所説に、皆さんが一読してお分りと思うが、その論理には秩序もないし節度もない。甚しく感情的な騒音にみちて慎しみを欠き、まことに教養に乏しくて、裏町の喧嘩のような論理でしかない。
三大新聞にくらべれば東京新聞は部数の上では二流紙であろうが、その第一面の匿名論説たる放射線欄と云い、文芸欄の小原壮助さんと云い、その論理がいかにも粗雑にすぎて、教養を欠き、暗黒街でしか見られない騒音に類して、あまりにも赤新聞的すぎるようだ。
私の書いた物などもこの二ツの欄の先生方に時々大そうお叱りを蒙ったりするが、お叱りを蒙った側から言わせると、まずこの欄の先生方は書かれた物をよく読み正しく理解した上でその論説の不備や至らざるところをお叱りになる、という穏当適切なものではなく、よくも読まずに、途中の一行だけをその前後から切り離してとりだしてインネンをつけたり、誤読を基にして悪口雑言を浴せたりなさる。
今回の場合、宮本竹蔵先生のお叱りを蒙った平林たい子さんの文章は、どこかの新聞の文芸欄の一隅にのった追悼文で、せいぜい原稿紙二枚ぐらいの短文である。ところがそのたった八百字ぐらいの短文すらも精読を欠き、相手の意あるところを読み誤って、勝手にきめつけていらッしゃる。前掲の両者の文章は一字も省略しておらぬ筈ですから、どうぞ皆さん御自身でも吟味してみて下さい。たった原稿紙二枚の文章ですら、このように精読を欠いているのですから、長い文章に至っては誤読誤解の甚しさは申すまでもありますまい。
精読せずに批評するということは甚だしく不誠実なことで、文化人の至極当然な教養から云って日常の談話に於てもそれを慎しむのが当り前ですが、誤読あるを怖れるような慎しみはミジンもなくて、一行だけとりだしてそれを全文の本旨であるかに見立ててカサにかかってインネンをつけ悪罵を放つ。そのインネンのつけ方や、理窟の立て方に於てはユスリをやる者の論法に似て、用語や文脈の品性に於ても全くそれと同等の教養の低い文章である。それを第一面の匿名論説にかかげる新聞の品性というものは三流四流でもなくてゴロツキの赤新聞のようなものだね。東京新聞は、都新聞の昔には娯楽を主とする新聞であったが、その品性は相当に高くて、芸界のもつ教養や気品を失わなかったものでしたよ。そのころは私も匿名批評を書いてナニガシの飲みシロを稼がせてもらったものだが、私に関する限りは匿名批評に於ても、精読を欠いたり、タンカのような悪罵や放言をしたことはありませんでしたね。匿名といえども批評である限りは節度もあれば秩序もある論理をはなれてはならぬものです。
平林さんの追悼文の全文を読めば、宮本竹蔵先生の誤読は判然とし、彼女の抗議が理に合っていることがわかる。つまり平林さんはジャーナリズムの酷使、ということを一応述べてはいる。しかし作家に過度の執筆を強いるジャーナリズムというものも、そのそばによってよくよく見ると、「どんらん飽くなき」という放恣なものであるよりも、出版資本の没落したくない焦躁として目に映る。日本に於ける大新聞以外の出版資本は他の産業にくらべて資本が少いから、無名作家や風変り
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