るし。サンチョ・パンサじゃないが、事に当って格言コトワザの類を思いだすと、人生はわりあい平和ですよ。
私も新聞記者にはずいぶん悩まされたね。精神病院の鉄格子の中まで猛然突貫しようという猛者は、新聞記者のほかにはないね。社会部記者の心臓は大変だ。無礼、粗雑。野武士、山賊。実に手ごわい存在ですよ。もっとも彼らにも同情すべき点はある。たいがい人の不幸の時に会見すべき宿命にあるから、どうしてもイヤがられる。あなたや私は、電車にやかれてヤケドするとか、気が違った時でもないと、彼らは会見に来てくれない。あなたが結婚したり安産して喜んでいる時に会見にきてくれるショウバイじゃないのです。彼らが結婚のよろこび中の人物に会見を申しこむのはタカツカサ和子さんと平通サンぐらいのものだ。人間というものはゼイタクなもので、結婚式のオメデタに新聞記者が会見を申込むのは自分たちぐらいのものだという結構な身分であるのに、やっぱり新聞記者はウルサイ奴だ、と云って怒っていらッしゃる。全然新聞記者は助からないのである。人が半殺しにされた時は、エエ、御心境は? とききに行かざるを得んという実に宿命的な悪役であるから、あなたもイノチが助かったことに免じて許してやるのですな。彼らが鉄格子の中へ突貫してきた時には私も怒りましたよ。しかし、どうも、人生には誰か間の悪い奴が存在しなければならないのだから、自分が間の悪いことになった時には、仕方がないのだね。私は大いに怒って新聞記者を殴らんばかりであったが、しかし、実のところ、あなたが顔の痛いのを我慢して、口惜し残念と新聞記者を呪いつつ語った記事を、私はいと面白く読むんですな。キチガイ安吾、怒り暴れつつ曰く、というような悲痛な記事を、あなたをはじめ世間の人々はゲラゲラたのしんで読むんだから、仕方がない。あきらめなさい。
しかし、話をきかせて下さい、自動車で東京へ送ってあげるから、とはヒドイ奴ですね。銀座でその新聞記者めに出会ったら、すれちがう紳士からライターをかり、奴めの洋服に火をつけてカチカチ山にしてやりなさい。そうして半死半生になって辛くも火を消した時に、
「エエッと。御心境をきかせて下さい。ちょッとで、いいわ。トラックで社へ送ってあげる」
鉛筆をなめながら、そういうのです。奴メは怒って、あなたに組みつきやしませんから。新聞記者という動物は、商売の時と酔っ払っている時のほかは、全然イクジナシですよ。あなたが強いにきまってる。
国鉄側は負傷者を自動車で送ったというが、あなたは送られなかったという。先方が自動車で送ることを考え、その手配をする前にあなたが帰ったという風に考えて、そのへんのところは、怒ってはいけませんね。ああいう大事件直後の混乱はやむを得ないでしょう。主観的に考えれば、怒りのタネはキリがありません。だから、サンチョ・パンサは格言コトワザの類を考える。私はあいにくサンチョほどの学がないから、この際の適当な格言コトワザの類を知らなくて残念ですが、あなたがきっと、御自分で考えて下さるでしょう。
底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第六巻第七号」
1951(昭和26)年7月1日発行
初出:「オール読物 第六巻第七号」
1951(昭和26)年7月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年10月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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