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     第一話 オカマ殺しの少年の話  佐藤幸三(十六歳)

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 ぼくはあの男を殺しました。ひどい奴です。女だと、すっかりぼくをだましたのです。初めから、一寸《ちょっと》おかしいとは思ったけど、ぼくも上ついて、落ちついて、確かめられなかったのが悪かった。
 アパートへ連れ込まれてからも、セビロが吊ってあったり、どうも様子が怪しかったのに、一しょにフトンの中へ入ってもまだ気がつかなかったぼくもバカだったと思います。だから、男だとはっきりわかった時は、カッとなってしまいました。ナメられてたまるか、ぼくから千円もとっているのです。
 しかし、はっきり殺そうとは考えていなかったと思います。便所へ行くふりをして、廊下でジャックナイフを開いた時も、たゞ夢中でした。いきなり、あいつを突刺すと、ブスッと手ごたえがあって、へんてこな大声でわめいて倒れたので、部屋にあった上衣やズボンを抱えて、窓から逃げ出しました。逃げながらズボンを間違えているのに気がつきました。
 しかし、走っているうちに、ズボンのポケットに、ぼくの名前を彫ったメダルが入っていたのを思い出して、ハッとしました。証拠を残してきたのです。しまった! 逃げても、つかまる! 自首しようと覚悟しました。
 あの夜に、ぼくは家出してきていたのです。以前から、ぼくは家の中で孤独でした。ぼくの家には、父と母、次兄と嫂《あによめ》、三兄、それにぼく、長兄は戦死して、六人暮しです。
 こんなことがありました。戦争中、神奈川県高座郡に疎開していた時、仲のよい同じ年の女の子がいたのです。本当に好きだったので、東京へ帰ってからも、会いたいと思い、とう/\去年の八月、家の者に黙って、彼女を訪ねて行きましたが、その一家はどこかへ移っていないのです。それからは、もう何もかも面白くなくなり、母はぼくの元気のないのを心配して、それほど、好きなら、少し早いが、その娘を探して結婚させようといってくれました。それなのに二十になるすぐ上の兄が、
「おれも結婚しないのに、十六ぐらいで」
 と反対し、父もそういうのです。
 それだけでなく、何かにつけて、家の者とケンカをしていました。母だけはぼくを本当に思ってくれてました。あの日の朝も、父とちょっとしたことから口論になり、母あてに遺書を書きました。前々から考えていたことを実行しようと決心したのです。どこでだって暮せる、死んだっていゝと思ったのです。
 学校の月謝と正月の小遣い二千五百円と、去年の暮、護身用に買っておいたジャックナイフをポケットに、午後三時頃、家をとび出しました。途中新宿で降り、最後だからと思って映画を見ました。「女賊と判官」というのです。映画館を出るとピースを買ってのんだが、うまくなかった。
 あてがないので、新宿駅の西口附近をぼんやり歩いていたら、若い男が、
「いゝ女がいるから遊んで行かないか」
 と話しかけできました。最後だから、女を知りたいと思いました。すると、その男が連れてきたのが、あの男なのでした。
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 この手記の筋を用いて童話ならできるだろう。少年が死出のミヤゲにパンパンを買いに行ったり、オカマが現れたり、大そう汚い童話だが、ストリンドベルヒ流の童話にはなるようだ。
 十六の少年が疎開中に遊んだ村の娘、そのころ二人は十未満でしょうが、少年はその女の子が忘れられずに、村へ訪ねて行きますが、その子の家はもうないので、落胆してしまいます。
 この辺は「たけくらべ」の恋情を、ムッシュウ・スガンの山羊の素直さにした感じ。まことに至純なメルヘンの世界である。少年の落胆が甚しいので、そんなに思いつめているなら結婚させようと母親は考えるが、オレがまだ結婚しないのにと二十の兄が反対し、父親も兄の言葉に同意見である。十六という年齢が結婚に早すぎるというのは万人がそう考えるのが常識であろう。理につく男親がその常識に従うのも当然。しかし母親が常識を度外視して、そんなに思いつめているなら結婚させたいと考えたのは、いかにも溺愛に盲いがちな母親らしい自然さでもあり、両親の気持のくいちがいや論争など、浄ルリのサワリになるところであろう。
 童話と浄ルリの中の少年が家人とケンカして家出すると、唐突に話が汚くなってパンパンを買うことになるのが現代風だ。家出あるいは自殺というアンタンたる出発に護身用のジャックナイフを持ったというのは頷けないことではない。自殺に行くのに護身用は妙なようだが、自殺も他殺も同じようなもの、諸事アンタンとして気持が悲愴で荒々しく悲しい時には、自殺も家出も道に待ち伏せているかも知れぬオイハギ山賊妖怪もみんな一しょくたで、悲愴な気持の中には不安や苦痛な悪いことがみんな含まれていて一ツだけ分離されてい
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