しろ五列でもなんでもなく、単に無邪気なマネキンにすぎなかったのだ。
 五列は、どこにいるか。実に、驚くべし。美神アロハに激しく敵対したもの、それが全て、実は五列であったのだ。見たまえ。共産党は、とても、こうはいかぬ。自由党が共産党の五列であるというようなことは、断乎として有りえないのである。
 見たまえ。今にアロハは徐々に地下から首をだす。しかし、諸君には分らない。ストリップ? バカな! あんなものは偉大なアロハには無関係だ。彼が復活するまでの空白をうめているにすぎないのである。
 アロハが徐々に顔をだすとき、その覆面を見破ることができるのは、私だけなのである。私の指し示す時をまて、私はこういって、カストリどもに訓示をたれた。
「いいか。諸君。アロハが復活するときは、決してアロハをきて現れはしないぞ。燕尾服やタキシードをきている。諸君のノスタルジイと合作して現れてくるのだ。つまり、諸君はすでに彼の共力者(共犯者とは言わん。アロハは犯罪ではない)であるから。それゆえ諸君は、諸君の中へ没したアロハの姿を見ぬくことができないのである。アーメン」
 地にくぐること満二年。アロハはそろそろ復活のキザシを示しはじめた。私はそれを認めたのである。
 私の予言は正しかった。彼は完全にアロハをぬいでいた。なつかしのノスタルジイと合作し、いとも優美な生活芸術の善美結構つくせる姿を示していたのである。
 予言にしたがって、諸君をそこへ案内するときが来たわけだ。
 小岩というところは何県に属しているか? 千葉県か? 東京都か? ここがむつかしい。十人のうち、五人まちがう。小岩? そうか。あすこにはオハグロドブがあるぞ。バラバラ事件、首なし屍体、そんなのがあると、みんな小岩とちごうか? わかった! あれは警視庁が捜査する。東京都だ! 小岩はお岩に似ているせいか、東京の人間は犯罪によって小岩を記憶しているようである。実は東京都小岩である。美神アロハの復活は、実にこの地を選んで、行われた。
 ここは、又、雨がふると、洪水になる。一つとして良いとこがない。そこが曲者なのだ。これが先ず銀座に現れたというのでは、全然センスがないのである。
 その名は、東京パレス!

          ★

 私たち(この同行者の姓名をかくと処罰される)を乗せた自動車は新小岩駅前の繁華街をうろうろしている。運転手は首をひねって、
「たしか、この辺のはずだが」
「君、知らないのか」
「え? ええ。しかし、ここが賑やかな中心地だから、この辺に……」
「とんでもない!」
 私は叫んだ。
「東京パレスは広茫たる田ンボの中にタッタ一軒あるんだよ」
 私は見たわけではない。私は友だち(これも姓名をかくと処罰される)に東京パレスの情景を微に入り細にわたり叙述をきかされているのだ。ギャク/\ゲロ/\という一面蛙の鳴き声を、自動車の速力でものの三分もきいて走らねばならないほど、見はるかす田ンボの中にポツンとある。と、そこに繰りひらかれる絵巻物こそは。まて、まて。もッと、落付いて、語りましょう。
 私はこの殿堂へふみこんだとき、
「ハハア。これは兵営のあとだな」
 と、ひとり合点をした。ひろびろと暮れゆく田ンボ。これぞ兵舎をかこむ練兵場、飛行場のあとである。私がそう思うのもムリがない。この建物は一聯隊の兵舎、銃器庫、聯隊司令部、講堂などに相応し、それ以下のものではない。離れたところに、ちゃんと営倉の建物も残っているではないか。ところが、これが大マチガイで、案内者曰く、
「ちがいますよ。これは精工舎という時計工場の寮のあとですよ」
「ハア。田ンボのマンナカに工場というのはきいたことがあるけれども、寮とは妙だ。工場がないじゃないですか」
「工場ははるか亀戸にあるそうです。戦時中、ここに何万という(嘘ツケ)工員が白ハチマキをして、住んでおりまして、講堂でノリトをあげて、それより木銃をかついで隊伍堂々工場へ駈足いたしましたそうで」
 寮とは妙だ。見はるかす田ンボのまんなかじゃ、白ハチマキの工員さんは、浩然の気を養うに手もなく、もっぱら精神修養につとめなければならなかったろう。戦争の匂いがプンプンする。
 それが今や東京パレスである。
 さて、東京パレスとは何ものであるか。
 まず、講堂ならびに銃器庫とおぼしきあとが、ダンスホールである。この見物料五十円。ティケツ十枚百五十円(このとき見物料不要)。
 ホールは広大にして汚い。正面に一段高く七名のバンドが陣どり、それに相対して見物人の席がある。見物席は駅のプラットホームと待合室を区切る柵のようなもので仕切られている。
 私がこの柵をまたごうとしたら、子供の整理員が、
「イケマセン。グルッとまわりなさい。ホールの礼儀を守って下さい」
 叱ラレマシタ。
 すでに
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