て、概して平穏だ。満山クラヤミながら、概して平穏なのである。ボスの手が加わらず、ボスの落武者もいないからだ。
 家もなく、又はムシロの小屋にすみ、自らのすむクラヤミのジャングルを平和にたもつ異国人こそ、悲しく、痛々しく、可憐ではないか。私は彼らを愛す。彼らの仕事には目をそむけずにいられないが、彼らはたぶん私よりも善良かも知れない。あのヤマさんがそうであったように。
 上野ジャングルの夜景には、まさにドギモもぬかれたが、目を覆いたい不潔さにも拘らず、ひるがえって思えば、一抹の清涼なものを感じられる。彼らが人を恨まず、自らの定めに安んじ、小さく安らかにムシロの小屋をまもり、ジャングルの平和をまもっているからだ。
 わがジャングルで金をゆすり衣服をはぎ血を流している他の盛り場のアンチャンは下の下だ。精神的には、この方が異国人に相違ない。焼跡の多くがまだ復興していないのだから、ジャングルが残っているのは仕方がないが、上野ジャングルの方は当分ソッとしておいてやっても、我々と没交渉でもあり、どこか切ないイジラシサもあるではないか。匆々《そうそう》たたきつぶす必要のあるのはボスとボスのつくった盛り場の組織と、アンチャンの存在だ。



底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第七号」
   1950(昭和25)年6月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第七号」
   1950(昭和25)年6月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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