もう、手筈がととのっています」
 伊東に住んでいる車谷弘が総指揮に当って、カナリヤ書店と「新丁」という鰻屋の主人を参謀に、警察や芸者や料理屋の主人や旅館の番頭女中などにワタリをつけて、一席でも二席でも設けて話をききだす手筈がととのっているというのだ。
 私は、たしかに、興味があった。なぜ、ハンストをやっているのだろう? どうして、そんなに差入れがあるのだろう? と。

          ★

 最も卑俗なところを忘れてはいけないな、と私は自戒した。とかくそれを忘れがちだからである。窓の土台を押してみるのを忘れて推理しているたぐいだ。
 そこで私は考えた。ハンストというのはマユツバモノだ。先生、豪遊がすぎて、腹をこわしているのじゃないか、と。
 警察の人にきいてみると、私の考えた通りで、
「あれには騙されましたよ。ナニ、連日の飲みすぎで、下痢してたんですな。相当に胃がただれているようですよ」
 しかし、これも真相ではなかった。その数日後も、彼はまだハンストをやっていた。しかし、流動物はとる。そして、日に日に痩せている。すでに十七日目であった。
「ええ、まだハンストをやっていますよ」
 と、別の警察の人が言った。
「そして、犯行についても、全然喋りませんな。上衣の襟クビを捉えられた地下鉄寮と、もう一軒物的証拠を残してきた旅館の犯行のほかは否認して、口をつぐんでいます」
 なるほど、否認するためのハンストかと私は思ったが、これも真相ではなかった。真相というものは、まことに卑俗なものである。
「あれはですな。ハンストをやって流動物だけ摂っていると、衰弱して、保釈ということになります。前科何犯という連中、特に裕福な連中、二号三号をかこっているという連中がこれをやります。常習の手ですよ。あの先生も、二号というほどのものはないでしょうが、金は持っていますからな。保釈になって、それをモトデに、見残した夢を見ようというわけです」
 狸御殿の殿様などは、この手の名人だということである。保釈で出ては新しい仕事をしている。
 温泉荒しの泥棒といっても、たしかに、彼の場合は、完全な智能犯だ。狸御殿の殿様よりも、チミツなところがあるかも知れない。彼の編みだした温泉荒しの方法は、勝負が詐欺よりも手ッとり早いし、ある意味では、安全率が高い。なぜなら、誰にも姿を見られていないからである。見た人はあ
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