の三周目に、強い連中が全馬力で追走しても、追いつけないだけ離している。そしてトップのまま逃げこんで、優勝してしもう。これを逃げきる、と称して、観衆は弱い選手の巧妙な戦法の一つだと思いこんでいるのである。
 私は、昔、陸上競技の選手であったが、しかし、陸上競技の選手でなくても、分ることだろう。本当に実力がなければ、逃げきる、ことなどが出来る筈はないのである。名もない選手が、それまで実力を隠していて、突然実力いっぱい発揮して、逃げきって、勝つ。これなら、分る。
 しかし、それまで弱い選手、そして、その後も弱い選手が、一度だけ逃げきって勝つなどゝいうことは有りうべきことではないのである。
 いつか神宮競技場で行われた日独競技の八百米で、それまでビリだったドイツ選手(たしかベルツァーだったと思うが)最後の二百米で、グイ/\と忽ち二着を五十米もひきはなして勝ってしまったが、実力の差はそういうもので、強い選手は必ず追いぬくし、追いぬかれない選手は、それだけの実力があるにきまったものだ。弱い選手がトップをきって、逃げきることは、絶対に不可能だ。一分十五秒で千米を走る強い選手は自分のペースで走っており
前へ 次へ
全25ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング