自由は許さない。批判も許されない。
 共産党ぐらい矛盾したことを平然と述べたてる偽善者はいないだろう。彼らは人間の解放だとか個人の自由を説いているのだから笑わせる。日本共産党自体が、コミンフォルムに対して、すでに自己の自由を失っているのではないか。独自の見解を立てれば、マルクス・レーニン主義の原則によって批判され、除名され、アゲクは、武力的に原則に従わしめられるのがオチだ。私が彼らを軍人になぞらえたのは至当だろう。軍人も、命令を批判することは許されない。それがマチガイと知っても、服従の義務あるのみであった。
 ソビエットは知性の低い国だ。それはナホトカから帰還してくる人々への彼らの教育の仕方を見れば一目瞭然だ。
 私は、しかし、まるで敵前上陸するような憎悪をもって祖国へ帰還する人々を罵ろうとは思わない。彼らは悲運であっただけだ。
 彼らは元々平和な庶民として育った人で、戦争などが好きな筈はなかったろうが、農村や工場や学校から否応なしに戦野へかりだされて、国民儀礼だの、服従、忠誠などを、ビンタの伴奏で仕込まれた人たちだろう。
 国民儀礼の代りにインターナショナルの合唱を、天皇の代りにスターリンを、皇祖や中興の祖の代りにマルクス・レーニンをすり替えただけで、このすり替えは簡単だった筈だ。その素地は、日本の軍部がつくってくれたのである。
 すくなくとも、軍人指導下の日本よりも、ソビエトの方がマシなのは明かだろう。働く者には給与がある。それは軍部指導下の日本も同じことで、かえって人手が足りなくて困ったほどだが、戦備に多忙なソビエトに人手が欲しいのは当然だ。
 盆踊りに毛の生えたような踊りや、農村でも見ることのできる映画館や、その程度のものにも彼らが日本以上の文化を感じたのは自然であろう。
 彼らが反動を吊しあげるのも、根は日本の軍部が仕込んだ業だ。
 私は先日、今日出海の「私は比島の浮浪者だった」を読んで、彼のなめた辛酸の大きさに痛ましい思いをさせられたが、彼がようやく比島を脱出して台湾へ辿りつき、新聞記者団に比島敗戦の惨状を告げたら、敗戦思想だと云ってブン殴られたそうである。自分の見、又、自ら経験した真実を語ってもいけないのだ。しかも、殴ったのは、新聞記者だ。私も同じような経験をした。私は日映というところの嘱託をしていたが、そこの人たちは、軍人よりも好戦的で、八紘一宇《はっこういちう》的だとしか思われなかった。ところが、敗戦と同時に、サッと共産党的に塗り変ったハシリの一つがこの会社だから、笑わせるのである。
 今日出海を殴った新聞記者も、案外、今ごろは共産党かも知れないが、それはそれでいいだろうと私は思う。我々庶民が時流に動くのは自然で、いつまでも八紘一宇の方がどうかしている。
 八紘一宇というバカげた神話にくらべれば、マルクス・レーニン主義がズッと理にかなっているのは当然で、こういう素朴な転向の素地も軍部がつくっておいたようなものだ。シベリヤで、八紘一宇のバカ話から、マルクス・レーニン主義へすり替った彼らは、むしろ素直だと云っていゝだろう。
 こういう素朴な人たちにくらべれば、牢舎で今も国民儀礼をやっているという大官連は滑稽千万であるし、将校連がマルクス・レーニン主義に白い目をむけ、スターリンへの感謝を拒んで英雄的に帰還するのも、見上げたフルマイだとは思われない。
 彼らは戦争中は特権階級で、国民や兵隊の犠牲に於て、下部の批判を絶した世界で、傲然と服従を要求し、飽食し、自由を享楽していた。こういう特権階級から見て、シベリヤの生活が不自由であり、不服であるのは当然でもある。彼らが敗戦の責任を感ぜずに、毅然たる捕虜の態度を保つことによって、国威を宣揚していると考えているとしたら、呆れた話である。敗戦というこの事実に混乱しない将校がいたら、人間ではなくて、木偶《でく》だ。まだ優越を夢みているとしたら、阿呆である。
 私は八紘一宇をマルクス・レーニンにすり替えて祖国へ敵前上陸する人々に対しては、腹を立てる気持になれない。
 イヤらしいと思うのは、そんな教育の仕方をするソビエトの知性の低さであり、好戦的な暴力主義である。日本の軍部が占領地で八紘一宇を押しつけたと同じ知性の低さである。
 どんな思想も、どんな政党も発生にまかせ、国民がそれを自由に批判し、選び、審判さえできれば、国家が不健全になるはずはない。しかし、国民の批判や審判を拒否する政党というものの存在を容《ゆる》したら、もうオシマイだ。

          ★

 ナホトカ組の敵前上陸や、コミンフォルムの批判と対抗するように、天皇一家が新聞雑誌の主役になりだしてきたのは慶賀すべきことではない。
 将来何になりたいか、という質問に「私は天皇になる」と答えたという皇太子は、その教育者の
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング