アジヤの方向へさかのぼりうるかどうかは見当がつかないけれども、とにかく私は蒙古までつながりうるものと考え、正月十五日に先祖伝来の祭事があるのではないかと考えたのだ。そして、それを旧の正月十五日と考えた。そして今年の旧正月十五日にブラリとコマ村を訪ねてみようと思って予定を立てていたが、そのとき仕事に追われていたので、たった一日の旅行すらも不可能であった。
しかし、これを天祐神助、祖神の導き、と云うのかも知れんな。旧正月に来なくて幸せでした。妙な偶然があるものだ。
私はその二、三日石神井の檀一雄のところに泊っていたが、そこからコマ村まで近いから、でかけてみようじゃないかと一決した。旧の正月十五日を狙った場合とちがって、武蔵野散歩という程度の軽い考えであったが、たまたま文春の中野君がそれをきいて、
「それを新日本地理に……」
と、泊りこんでのサイソクである。ブラリと散歩するだけでそんな材料が得られるかどうか分らないし、私がコマ村について知ってることはと云えば、古代史の記事と、白髯サマの総本家がコマ神社であることと、コマ村がわりあい後世まで部落結婚だったこと、行事習慣などに特殊なものがあ
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