じめ太平洋岸の人々にとってウラジオの機雷という物騒な漂流児が話題にのぼったのはようやく今春来のことである。
けれども裏日本の海辺がウラジオからの漂流機雷に悩みはじめたのは太平洋戦争の起る前からのことだ。私が昭和十七年の夏に新潟市へ行ったとき、博物館(であったと思う。あるいは別の場所だったかも知れない)でドラムカンの化け物のようなこの機雷を見た。それはその年かその前年ごろ新潟の浜へ漂着し工兵が処理したものであったが、すでに当時から裏日本の諸方の浜ではこの機雷に悩んでいた。もっともそのタネは日本がまいたようなもので、支那で戦争を起したりノモンハン事変などもあったから、ロシヤはウラジオ港外に機雷網をしいて用心しはじめたのであろう。それが冬期の激浪にもまれ解氷時に至ってロビンソン・クルーソーの行動を起すもののようである。
この日本海の漂流児は能登半島から福井方面へ南下するのもあるが、富山方面へ南下して佐渡と新潟間より北上を起して途中の浜辺でバクハツせずについに津軽海峡にまで至り、そこから更に太平洋にまで突入して行方をくらますという颱風の半分ぐらいも息の長いのが存在しているのである。そして、能登半島から山陰方面へ南下するのと、富山新潟方面へ南下して更に北上するのと、どっちの方が多いのか知らないが、富山新潟方面へ南下して更に北上する漂流横雷が決して少数ではなく、敗戦後元海軍の技術将校にきいた話では、そッちへ流れるのが春夏の自然の潮流だという話であった。ともかく多くの漂流機雷が能登半島の北岸沿いに新潟秋田方面にまで北上していることは事実なのである。
日本の原住民はアイヌ人だのコロポックル人だのといろいろに云われておるが、貝塚時代の住民はとにかくとして、扶余族が北鮮まで南下して以来、つまり千六七百年ぐらい前から、朝鮮からの自発的な、または族長に率いられた家族的な移住者は陸続としてつづき、彼らは貝塚人種と違って相当の文化を持っておったし、数的にも忽ち先住民を追い越す程度の優位を占めたものと思われる。先住民が主として海沿いの高台に居を占めて原始生活をしていたのに比べて、彼らは習性的に(または当時の彼らの科学的考察の結果として)山間の高燥地帯に居を占め、低地の原野を避けるような生活様式を所有しておった。大昔の低地は原始林でもあるし洪水の起り易い沼沢地帯でもあって毒虫猛獣の害も多く、それに比して山岳地帯の盆地の方が居住地としての安全率が高かったのであろう。そこには先住民たる貝塚人種の居住もなく、全てに於て山間に居住地を定める方が他部落とのマサツや獣虫天災の被害が少なかったのであろう。またコマ、クダラが亡びて後は特に密入国的な隠遁移住が多かったであろう。
つまり天皇家の祖神の最初の定着地点たるタカマガ原が日本のどこに当るか。それを考える前に、すでにそれ以前に日本の各地に多くの扶余族だの新羅人だのの移住があったということ、及び当時はまだ日本という国の確立がなかったから彼らは日本人でもなければ扶余人でもなく、恐らく単に族長に統率された部落民として各地にテンデンバラバラに生活しておったことを考えておく必要がある。
つまり今日に於てもウラジオストックからの漂流機雷が津軽海峡のレンラク船をおびやかす如くに、当時に於ても遠く北鮮からの小舟すらも少からぬ高句麗の人々をのせて越や出羽の北辺にまで彼らを運び随所に安住の部落を営ませていたであろうということを念頭にとどめておくべきであろう。
むろん馬関海峡から瀬戸内海にはいって、そこここの島々や九州四国本州に土着したのも更に多かったであろうし、一部は長崎から鹿児島宮崎と九州を一巡して土着の地を探し、または四国を一巡したり、紀伊半島を廻ったり、中部日本へ上陸したり、更に遠く伊豆七島や関東、奥州の北辺にまで安住の地をもとめた氏族もあったであろう。そして彼らは原住民にない文化を持っていたので、まもなく近隣の支配的地位につく場合が少くなかったと思われる。
霊亀二年五月に今の高麗《コマ》村(以下コマ村と書く)がひらかれたという続日本紀の記事に於ても、決してその年に渡来したコマ人をそこに住ませたのではなく、
「駿河と甲斐と相模と上総と下総と常陸と下野の七ヶ国のコマ人一千七百九十九人を武蔵の国にうつしてコマ郡をおいた」
とある通り、すでに各地に土着しておったコマ人を一ヶ所にまとめたにすぎない。
これがコマ人の総数でなかったことは確かであろう。恐らくそれ以前に日本各地に土着したコマ人たちは、単に部落民として中央政府の支配下に合流して自らをコマ人、クダラ人、シラギ人などと云うことなく新天地の統治者に服従して事もなく生活していたに相違なく、これに反して、すでに日本の諸地に土着しつつも敢てコマ人と称して異を立てておった七ヶ国の
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