うのが定説で、それをシリメに一向に身じろぎもしないのが居ることも事実だから、やっぱり本来ケンカを好んでいるワケではないようにも思うのである。
だが、秋田犬という図抜けて大きなこの種族も、牢固たる日本犬の習性の一ツはどうすることもできないらしい。
その習性とは何ぞや、と云えば、チャチな日本犬が電信柱や木の根ッ子にムヤミに小便するように、この図体の大きな熊の親類のような奴が、やっぱり電信柱や木の根ッ子に、ふとい大足をチョイとあげて、ムヤミに小便するのである。
西洋犬はこんなことはしません。四ツ足を大地にふみしめたまま、馬と同じようにジャーと長々と小便をたれる。一度小便をすれば、一時間の散歩の途中に再び小便するようなことは殆どないものだ。
だから、西洋犬は自転車で朝晩の散歩を走らせるのは楽であるし、当然そうすべきものなのである。
ところが秋田犬は自転車では散歩させることができない。秋田犬同志で出会うとケンカする怖れがあるから綱を握って自転車にのらなければならぬ。ところが電信柱のところでチョイと立ちどまって片足をあげて小便するたび、奴メは静かに立止ったツモリでも、綱を握っている自転車上の人物は、ズデンドウとモンドリうッてひッくり返るのである。
ホンモノの秋田犬の五分の一もあるなしのウチのチンピラ日本犬でも、ユダンしていると、電信柱のところで、ひッくり返されてしまう。小さくてもバカ力だけは大そうなもので、ホンモノの秋田犬ときては、どれほどユダンもスキもなく構えていたって、必ず電信柱のところでズデンドウは確実まちがいなしである。チャチな日本犬を飼っただけでも、ズデンドウの確実無比なのが手にとる如くに分るものだ。あの図体のバカ力は羽黒山程度でどうにかツリアイがとれるかも知れんが、彼といえども自転車に乗ッかッとればズデンドウはまぬがれない。
自転車で散歩させる手がないとなると、奴めの世話をさせるために怪力の犬係りを用意する必要がある。だいたい大館では朝晩一時間ぐらいずつ歩かせているようだ。歩かせて一時間というのは、どういうものだろうか。大型の西洋犬だと、自転車で一時間でも、あるいは少いかも知れない。秋田犬のあの図体で歩かせて一時間は、ちと不足ではないでしょうか。図体に似合わず、食べる量が多くはないようだ。秋田犬が虚弱になった原因はつまらぬ闘犬ごッこに精を入れて、ノルマルな運動や訓練を忘れたせいがあるのではないかなア。
私が秋田犬を見た時が夏の終りで、毛がぬけていつもよりも毛並のわるい時期ではあったが、そして私の見た名犬には下痢をして食のすすまぬ病犬などもいたのだけれども、私らが西洋犬を飼う時の通常の心づかいに比べて、秋田犬の育て方には合理性の欠けた、なんとなく病的な習慣的方法が感じられてならなかったのである。
しかしホンモノの秋田の仔犬はすごいものですよ。生後五十日で買い手に渡す習慣だそうだが、小型日本犬の成犬よりもすでに大きいぐらいで、その前足などはすでに太い物干竿よりも太いぐらいである。肩の幅がそッくり二本の足を合せた太さに当り、つまり肩幅を二ツにわッて下へ二本の棒に垂らしたのが前足だという見事な太さなのである。
結局多くの代表的な秋田犬を見たが、秋田犬保存会長平泉氏の龍号が私の趣味には一番ピッタリするものだった。黒色の秋田犬である。黒色の秋田になると、見た感じは熊のようなものだ。平泉氏は自分の代々の愛犬の毛皮を保存していたが、犬の毛皮というのもはじめて見たのだが、それが主人の愛惜の産物であるから、いじらしく、その気持は犬を愛する我々には分りすぎるほど通じるものだ。
この人ぐらい秋田犬保存会長という名誉職にふさわしい人はないように思う。秋田犬に対して純粋で損得ぬきの打ちこみ方や、しかし静かでよく行きとどいた愛情など、まことに愛犬家の最高のタイプと云うことができよう。私はもしも保存会長にこのように善良で、秋田犬に対してあくまでも深く静かな愛情をそそぐ紳士の存在を知ることができなければ、心底から秋田犬の性能を紹介するだけの勇気は持てなかったと思う。
大館市でも、中型に交尾させて、東京産の代用品と同じようなものを秋田犬と称して売りだしてもいる。純粋の大型の秋田のニンシン率が低くて、ホンモノ同志の仔がなかなか育たないせいもあろう。
だから大館市の愛犬家に直接たのんでも、ホンモノの仔犬はなかなかオイソレと注文に間に合わないのが、普通かも知れない。だが、ともかく、この保存会長にたのめばいつかは間違いなくホンモノの仔犬を世話してもらえるでしょう。
ホンモノの秋田犬は、生後五十日で、一万五千円というのが大館の最低の相場だそうだ。これは中型などの交流しない純粋に大型からだけのホンモノの血統の値段で、ホンモノの秋田犬の値としては、
前へ
次へ
全10ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング