たのは一風変った処刑として名高い話。政宗だけがそうではないのだ。もっと歴《れっき》とした本物の切支丹大名が家康の禁教令の断乎たるのに慌てふためき、にわかにそれぞれ迫害者になったのだから、田舎策師の政宗などは無邪気な方であった。
せっかく青葉城の天嶮に城下を定めても、とたんに天下の形勢が変って、もはや天下に戦争なしという時世の到来である。青葉山のテッペンに天守閣を築かず、スキヤ造りの家を造って本丸にかえたり、石垣をきずかず自然にまかせて本格的な築城をしなかったのを、彼の本性豪放の性の然らしむるところであり、しかも彼の風流心の致すところであるとでも考えたら大マチガイであろう。要するに、みんな見透しが狂ったのだ。その滑稽きわまる産物である。
考えてもごらんなさい。汗ッかきの拙者だけが音をあげたわけじゃアありませんや。築城した当の政宗先生が音をあげて、オレの次の代からは本丸をフモトへうつせよ、と遺言するような途方もない天嶮を選んだ以上は、大天守閣を造るのが当り前さ。そういう万全の戦備なければ選ぶべからざる天嶮じゃないか。スキヤ造りというものは、小イキな築山かなんかと相対してはいるにしても、まア平地的なところに在るべきもんだね。こんな断崖絶壁のテッペンへ造るべきものじゃアないね。
政宗にしてみれば仕方がなかったのだ。彼は田舎策師だから、人の策謀を邪推する。平和な時代に築城して、それにインネンつけられて亡されては大変だと思うから、石垣もつくらず、天守閣もつくらず、天嶮のテッペンへスキヤ造りをチョコンとのっけた。時世が変ってみれば、城山のテッペンがバカ高いので迷惑したのは政宗当人さ。後手々々と、やること為すこと、まったく御苦労千万な豪傑なんだね。
今でいうと何の病気だか知らないが「御腹ノ脹満囲三三尺八寸五分ナリ。御胸ヨリ上、御股ヨリ下ハ御|羸疲《るいひ》甚シ」という容態で、それを我慢して将軍へ今生のイトマ乞いに上京した。将軍の使者が見舞いにくると衣服を正して出迎えてアリガタイ、アリガタイと感動するから容態がそのために悪化したという。そして江戸で死んだのである。日本征服どころの話ではないのだ。青葉山築城以来その死に至るまで、一貫して必死に計っているのは伊達家のささやかな安泰ということだ。彼が必死の全力をこめて舟を造り海外貿易を志したと見たら大マチガイ。彼が必死に全力をつくしたのは支倉渡航の方ではなくて、そのモミケシ、後始末の方なのさ。彼の生涯はいつも後の始末に必死なのだ。いつも気のつくのが手おくれだから、仕方がなかったという彼の悲しい運命なのである。
支倉一行が舟出したという月の浦は牡鹿半島の西海岸にあるね。ちょうど自動車がその上の山道を走っているとき故障を起して四十分も動かなくなったので、自然に舟出の跡を見物しましたよ。ひどくヘンピなところだが、ここから舟出したということは、要するに、貿易をはじめたらここを長崎式の指定港にするツモリだったのだろうね。ヘンピな半島を選んだのは、やっぱり彼の本心が切支丹を好んでおらず、それが都に近づくことを敬遠したせいではないかね。
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名物にうまい物なし、で、伊達家時代から名題のうまい物などを探す方がムリではあるが、まったく何もないね。
「さんさしぐれ」という唄が天正頃から仙台にはやって残った名物だそうだ。しかし、仙台生れの唄ではないようだ。まったく上方調である。上方の方へ出陣した兵隊が、当時の都の唄を自分流に覚えて帰って流行したのだろうという話である。歌詞は男色をよみこんだものだという説をきいたが、なるほど兵隊から流行したのだからそうかも知れんが、私は歌詞を多く知らないから、なんとも云えない。しかし「さんさしぐれか茅野の雨か、音もせで来てぬれかかる、ショウガイナ」というのは男色的でもあるかも知れぬが、女色とみて不適当ではないし、その方に見るのがムリのない見方ではないかね。もっとも、ほかの歌詞については私には知識がない。
三代目の綱宗が例の吉原の遊女高尾事件を起して隠居謹慎し、その時以来、仙台から遊女屋を追放して塩竈へうつしたのだそうだ。ムダなことをしたものさ。男の子は往復に十里歩くムダがふえただけである。藩政時代には料理屋も市内におかなかったそうだ。そこで料理屋は町境いの木戸から外にズラッと並んでいたそうだ。元が五軒だったので、五軒茶屋と云ったそうだが、その一軒が今も残って五軒茶屋を名のっている。私はそこへ案内された。なぜなら、そこに仙台一の「さんさしぐれ」の唄い手がいるからである。
私が仙台で一番印象に残ったのは、この、「さんさしぐれ」の唄い手のミッちゃんという人である。もう四十いくつだそうだ。「さんさしぐれ」という唄は唄い方がむずかしいばかりで、どんな名人が唄った
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