木由子を認めることはできなかった。
しかし、革命はまだ終らない、と彼は根気よく考えた。彼は学校へ戻った。そして、広い校内を彼女の姿を探して歩いた。どこにも彼女の姿は見当らない。その翌日も、またその翌日も、彼女にめぐり会うことはできなかった。彼の革命の意気ごみはにわかに衰えた。一夜ごとに半分ずつしぼんだあげく、三日すぎるとマイナスの方に傾いて、彼女にめぐり会うことの怖しさのために学校へ行くことができなくなってしまった。
水木由子の手を握った自分の手がケダモノの手のように考えられる。思いだすと赤面せずにいられない。そして、思いだすことが怖しくて、その怯えだけで冷汗をかいた。水木由子は扉にはさんだ手をひきぬくような真剣さで抵抗した。ついには彼女自身の手を土の中の山の芋のようにゾンザイに扱って、無法に荒々しくひッこぬこうと努力したのである。それが彼女の彼に対する正しい気持であったに相違ない。要するに彼はケダモノにすぎないのだ。アイビキの約束はケダモノの目をそらすために投げられたエサにすぎなかったのであろう。ケダモノが見た革命の幻覚ほど愚かにもアサハカなものはない。
松夫は握り返した綾子の手を考えることもできなくなった。なぜなら、それを考えると、水木由子の手を握った自分の手、ケダモノの手を思いださなければならないからである。
彼は改めて綾子すらも一まわり怖しいものに見直すようになった。彼自身の見ているものが概ねケダモノの甘い幻覚にすぎないのではないかという劣等感に憑かれてしまったからである。
「アナタ、ちかごろ気がぬけたみたいよ。時々フッと消えてしまうみたいよ。ふりむけばちゃんといるでしょう。つまり、アナタ、しょッちゅう放心してるんだわ」
「そうでもないです。就職もダメだし、試験もダメらしい。気がめいることが多いので、ついね」彼は仕方なしにヘラヘラ笑って答える。自然に敬語で答えていたりするのである。綾子はその変化に容赦しなかった。
「変に卑屈だわね。全然三下って感じ。どこにも取柄がないみたいよ」
「つまり、たしかに、三下なんだ」
「赤くなっちゃったじゃないの。いくらか羞しいの? 怒ったの? どッち?」
「習慣的にすぎないです」
「こまった人ね。でも、いいわ。私、三下って、わりと好きなのよ」
「親分は?」
「むろん好きよ。でもね。親分には甘えたいわ。可愛がってもらいたい
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