に現れたでしょうね。フトウフクツですよ。然し、おかしくなるほど、トンマだとは思いませんか。
もしも椎名町で、殆ど有りうべからざる偶然の成功がなければ、恐らく、この先生はむなしく数十軒の銀行を遍歴し、その度毎に新手の術を会得しつゝ永遠に遍歴しつゞけたかも知れません。その程度にトンマな先生のように私は思いました。
然し、椎名町で、イザ、成功してみると、あまりにも、現実に、かの先生の目の前に展開した出来事は凄すぎました。
この凄味を正確に、予想してはいなかったほど、この先生はトンマなように思われます。イザ、目の前に展開した出来事はあまりにも凄すぎたですから、先生は、慌てた。手近かにあった小金だけしか持ち帰る算段がつかなかったほど、彼は、つまり、事件そのものゝ兇悪な結果を、事前に認識していなかったのでしょう。
翌日小切手を受取りに行くのもズブトイというより、トンマ、マヌケ、なのです。バカモノなのです。小切手の署名が殆ど真実の筆蹟らしいのも、マヌケの証拠以外の何物でもないでしょう。
私は、この犯人は、マヌケからマグレ当りに成功し、マグレ当りだから、警察が、なかなか、つかまえられないのだと思っていました。今でも、そう思っています。
「オール、キャッシュ」
「オール、メンバー、あつまれ」
などゝ叫んでいるところ、まったくトンマな愛敬であって、私は呆れて、腹も立たないのでした。こういうトンマな先生に、マンマとマグレ当りに、してやられた十二名の被害者は気の毒です。犯人先生も、わが犯罪の余りの凄味に驚き呆れたと思います。
にも拘らず、たった一万七千円かの小切手を翌日ノコノコと、筆蹟を隠さぬらしい署名をして受けとりに出かけるとはよっぽど金がほしかったのでしょう。この小さな金額を得ることゝ、この大罪人として捕われることとの計算すらも立たないほど、彼はトンマで、たゞ、もう、金に目がくらんでいたのでしょう。
この一事だけでも、私は犯人のノンキさ、トンマさ、バカさに、確信をもっていました。
だから、私は、この事件の結果の凄味にも拘らず、犯人がトンマのせいで、事件の本質的な兇悪さを感じていなかったのです。
私は小平先生は、イヤらしく、汚らしく、にくらしくて、たまりませんが、帝銀先生は、今でも、そう、悪者だと思っていません。たぶん、このトンマ先生は、非常に知性が低いのだと思います
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