、その実験から証拠をハッキリつかみだすことは、まず不可能であろう。
 瞬間的な反応というものは、一見人間は本能を偽れないように見えるから確実らしく思われるが、実は犯罪者という老練冷静な実行家にとって、とッさの本能を偽るぐらいは易々たるものかも知れない。
 むしろ考える時間を与えて、手記でも書かせた方が、理ヅメにごまかす手段を考えるからシッポをだす率が多く、だし方がハッキリしてしまうだろう。しかし、山口のように、事件を発見した当人が犯人であったという場合ならとにかく、他の容疑者の場合は、自分は事件に関係せぬ、しかじかのアリバイがあると云えばそれまでのこと。事件と交るところのない手記を書かせたって、糸口はつかめない。たとえば平沢氏の手記の如くに、富士山や如来様かなんか三十一文字によみこんで心境をのべたてられても、タンテイたるもの手のほどこしようはないね。
 山口の犯人と確定した今となっては、山口の手記はいろいろ考うべき材料を提供しているようだ。
 今となってはバカバカしいようだが、山口は女の住所をくらますために、新宿の反対側の浅草と云ってるのだね。今となっては、浅草の反対の新宿だと判断する
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