れは誰でも思いつけるという凡庸なウソではない。ところが、こうウソをつく以上は先ず医者へ走るとか医者へ電話をかけてから警察へ走るのが自然だろうが、そこまでは計算していない。しかし、彼が医者へ走らずにすぐ警察へ走ったとしても、それを必ずしも矛盾と見ることも不可能なのである。人は慌てれば、そう筋の立つようにばかり行動できるものではない。むしろ慌てた行動に筋が立たんということは、彼は犯人でないという心証を与えるかも知れない。
しかし、それは刑事の側からのことで、ウソをついてる本人は、本来はもっと計画性があり、筋が立つようにやるはずだ。山口にそれだけの筋の正しい計画がないのは、彼は智能犯的な複雑な頭がないせいであろう。単純な頭なんだね。彼に接した記者連は、むしろそこに、ひッかかったのだろう。
「口はうるさかったが気持のよい旦那さん、おかみさん。私を本当によく可愛がってくれた。二三日前まで風邪をひいていました時、わざわざお医者をよんでくれた。その時本当にうれしかった。正月の休みのとき、元さん(殺した長男十一歳)をつれて浅草に行き映画とサーカスを見せた。元さんはサーカスを見るのは始めてであると本当に嬉しいようであった。紀子ちゃん(殺した長女十歳)とはよくコーヒーを飲みに行き私によく甘えていた」
犯行をごまかすためのウソだとだけ見るのは当らない。こういう表現のできる人間にはタイプがあるようだ。私を大事にしてくれるお父さんお母さん、などと時々涙ぐんで人々には語りながら、父や母をぶったり蹴ったりしている人間のタイプである。単純で、怒りっぽいが、涙もろくて妙に執念深いところもあるという凡庸なタイプ。それ自身は決して犯罪者のタイプではない。いくらでもザラにあるタイプだね。
私は山口を異常性格とは見ないのである。山口の本質はオールマイティを失うまいとする不安と、自信のなさ、劣等感だという。(週刊朝日)しかし、それは万人にあることだろう。そして社交としての着物をかなぐりすてると、突然ヤケを起してケツをまくって居直る。それも万人にあることだ。山口の場合はそれがドギツクでているから異常性格の所以だというが、これまた事と次第によっては万人がやりかねないものを蔵していると私は思うのである。
文士である私は、そのようにしか考えられないのである。ザラにあるタイプの人間がいきなりかかることを行うので
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