、結局最後に性格が滲みでてくるわけであるが、それらの性格も新鮮でない。別に新鮮な角度から認識されてはゐないのである。
 けれども私に興味のあるのは、かういふ文体も可能であるといふことであつた。全然性格を無視した人間の把握の仕方、常に事件の線的な動きだけで物語る文体、さういふものが百年前にもあつたのである。それが直接私の文学の啓示にはならないまでも、さういふ荒々しい革命的な文体すら可能であるといふことを知ると、私は自分の文学の奇蹟を強く信じ期待していいやうな元気のあふれた気持になる。私も人間の性格なぞはてんで書きたいと思はない。然しスタンダアルの描いた人間は平凡である。



底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
   1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文芸汎論 第六巻第一一号」
   1936(昭和11)年11月1日発行
初出:「文芸汎論 第六巻第一一号」
   1936(昭和11)年11月1日発行
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
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