いるような女だから、私が金龍姐さんのジロリを反撥し合って両々ソッポの向けっくらでも一向に気にもかけない。姐さんは我利々々の凄腕《すごうで》の冷めたくって薄情者の男だましの天才なのよと色々と内幕をあばいてきかせる。それが一々却ってその悪党ぶりに魅力をひかれるていであるが、まだそのころは、私はこれは他人だという、てんからきめこんだ構えがあるから、その魅力も、たゞきゝおく以上に身に泌《し》みた情慾をかきたてるものとはならなかった。
 私は漫才のお手伝いをしたとき、これは一度、ぜひともナジミの彼女方に披露しておく必要があると思って、招待を発した。そのとき、どういう風の吹き廻しか、若い妓たちと一緒に金龍姐さんが現れたのである。
 あのとき私が筆をふるって自ら出演の紙札を書いた即席の芸名が、漫才、ゴロー三船、つまりただ私の本名を二つに分けたにすぎないのである。
「あなたは本名を二つにわるぐらいの人なのね」
 と金龍姐さんは例のジロリと一ベツして、こう言ってソッポをむいた。なんの意味だか分りやしないが、何か気のきいたヤッツケ文句のつもりであろう。意あまって言葉足らず、姐さんはチョットそういう御仁でもあった。
 それからの一夜、私が照葉をよぶと、同じ待合でよそのお座敷をつとめていた照葉がやってきて、
「ゴロー師匠にお座敷よ」
 という。
 金龍姐さんが客人に披露して、こんどこの土地にゴロー三船という大学生|幇間《ほうかん》が現れたのよ、趣向が変ってバカらしいから呼んでやりなさい、と言ったという。
 私も癪にさわったが、よろし、その儀ならば、目に物を見せてくれよう、というわけで、幇間になりすまして、即席、見事に相つとめて見せた。
 すると金龍姐さんは案外にも、宴の終りに、この人はホンモノの幇間じゃなくて、大学生であり、こんど卒業だから、あなた方、カバン持ちにやとって上げなさい。あなた方も遊びが本職の仕事のような御方ぞろいなのだから、こんなカバン持ちも趣向でしょうよ、と云ってくれて、その場で就職がきまった。私はモーロー会社々長の秘書にやとわれたのである。おかげで、官費で遊べるようになったが、その代り照葉は社長の悪友にとりあげられて、甚だ貧しいミズテン芸者をあてがわれることになったのである。
 モーロー会社はつぶれ、社長は雲隠れ、悪友どもゝ四散して、この土地に現れなくなっても、私だけは大学時代からの精勤であった。そして私は自然のうちに金龍姐さんの幕僚になっていたのである。
 私は金龍にコキ使われ、嘘をつかれ、だまされ、辱しめられ、そして手切れだの間男の尻ぬぐいだのに奔走した。
 私は然し平然として、腹をたてず、お世辞をつかい、惚れているが、思いがとげられないような切ない素振りをみせた。そうすることが、姐さんの気に入ることが、自然に分ったからである。
 それは私の本心でもあった。金龍姐さんの凄腕や薄情ぶりには私もホトホト敬服していた。男なんか屁とも思っていないのだ。そして男をだますことがたのしいのである。たのしいのだか、どうだか、そこまでは知らないけれども、生れつきがそういう天性の根性で、六代目が素敵だとかハリマ屋がどうとか、そんな芸者なみの量見は全然ない。尤も、なんでも知っているし、見てもいる。それも男をだます技術の一つであるからで、三味線や唄も達者なのだが、それがダマシの技術上必要な時でなければ用いたためしはない。万事につけてその筆法で、その意味の専門技術士であった。
 私は酒間に、わざと、何年間と思いやつれている人がいるんだけど、一晩ぐらい、なんとか、ならないものかなア、などゝ三日に一度ぐらいは特別の大声で言うのであった。
 又、金龍が待合などで風呂へはいるとき、せめて三助でいゝや、玉の肌にふれるぐらいはしてみてえなア、と言ってみたり、実際にガラリ戸をあけて、いかゞ、お流し致しましょうか、と言ったりする。すると例のジロリと一べつ、私は然しイサイかまわず、後へまわって流してあげる。できるだけテイネイに、やわらかく、心をこめて流してあげる。それは尊敬というものだ。この尊敬のまごゝろほど御婦人の心に通じ易いものはない。
 だから、そのうちには、昼さがりチャブダイにもたれて雑誌かなにか読んでいるうちに、ふと私の方へ白い脚を投げだして、
「蒸しタオルで足をふいてちょうだい」
 イサイ承知と、さてこそ私はマゴコロこめて、毛孔ひとつおろそかにせず、なめらかに、やわらかく、拭いては程よく蒸し直し、それに心根さゝげる。まさしく魂こめるのである。
 夏は冷めたいタオルで、膝小僧のあたりまで、ふく。私は然し劣情をころし、そういう時には、決して、狎れず、ただ忠僕の誠意のみをヒレキする。
 然しそれは恋愛の技法上から体得したことではなくて、処世上、おのずから編みだしたこ
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