私の肚が忽ち分る筈であるが、そうとは色にもださず、それはいゝね、僕も気がゝりで、ジッとしていられない気持のところだから、その一行に加えてくれ、費用は自弁だと言う。むろんヤス子が狙いなのである。
 私もこうなればイマイマしい。その肚ならば、こっちもママヨ、当って砕けろと、悪度胸をきめて、何食わぬ顔、衣子を訪ねた。
「実は奥さん、ウチの社で、箱根伊豆方面へ三泊の慰安旅行をやることになったんですが、これを機会に、先々で、お嬢さんの消息も調べてみようと思っています。ところがですなア。大浦博士がこれを耳にして、ちょうどよい都合だから、自分も一行に加えてくれ、という。便宜があったら捜査にでたいと内々思っていたところだと仰有るわけです。尤も、なんです、ちょうどよい都合だって、便宜がなきゃ探さない、便宜てえのは変ですなア。探したきゃア、さっそく御一人おでかけとあればよさそうなものですよ。然し、まア、それは、なんです。ところで、いかゞですか。いっそのこと、奥さんも、これこそ便宜というものでしょうから、一しょに、いらっしゃいませんか」
 と、しらっぱくれて、言った。
 色恋というものは、思案のほかのものだ。肉体というものは、まことに悲しいものなのである。美代子と種則には爾今《じこん》逢い見ることかなわぬ、などゝ厳しくオフレをだす衣子、大浦博士の魂胆を見ぬいておりながら、やっぱり、まだ二人のクサレ縁は切れずにいる。
 そこは大浦博士の巧者なところで、弟は疎んぜられ、己れの策は見ぬかれても、しらっぱくれて、からみついている。からみついている限りは、男を蔑み憎んでいても、女の方からクサレ縁を断ちきることは出来ないものだということを、ちゃんと知りぬいていらっしゃる。
 男の肉体にくらべれば、女の肉体はもっと悲しいものゝようだ。女の感覚は憎悪や軽蔑の通路を知るや極めて鋭く激しいもので、忽ちにして男のアラを底の底まで皮をはいで見破ってしまう。そして極点まで蔑み憎んでいるものだ。そのくせ、女の肉体の弱さは、その極点の憎悪や軽蔑を抱いたまゝ、泥沼のクサレ縁からわが身をどうすることもできないという悲しさである。
 大浦博士がわが社の慰安旅行の一行に加わりたいという。ヤス子に寄せる御執心のせいである。私はしらっぱくれて、意地悪くそれを匂わしてやった。私だって、腹も立ちます。これくらいバカ扱いに扱われては、
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