バコを買うにも足りないのです。全然、生活無能者なんです」
「ですから生活できるだけの持参金は持たせてやりますし、又、月々の面倒も見るぐらいのことは致しますと申したではありませんか。無能力のバカには、それでも、多すぎますぐらいでしょう。全財産の半分とは、あなた方兄弟の肚の中は盗人《ぬすっと》根性というものです」
ひどいことを言う。女がドタン場で居直ると、意地悪く急所をつかんで、最大級の汚らしさで解説して下さるものだ。私のような小悪党は敵の弱所に同感もあることだから、こうは汚らしく攻めたてるわけには参らない。
そのとき、種則先生、こう答えたということだ。
「奥さんは僕の立場、理解しておられませんね。僕は兄貴と仲違いしては、生涯破滅、浮ばれなくなるのです。僕は私大の副手ですが、これも兄貴のせいで、僕の頭は特別ダメなんです。中学のとき、数学、物理化学は丁、英語も丁、漢文と国語が丙ですが、それでも兄貴のおかげで大学へ入学もでき、副手になって、ともかく医者らしくさせてもらっているのです。医者はヒキと要領のものなんですよ。僕はそれに、愛想がよくって患者をうまくあしらうでしょう、これはコツですね。医局のツキアイをうまくやってボロのバレないうちは、患者にウケがいゝんですよ。まア、相当な、若手先生なんです。これも兄貴のおかげ、それに僕が要領を心得て、いかにも教授、先輩、同輩に好かれるように、立廻っているのです。これは、マア、僕の才能ですね。僕は人に怒られるようなことは、しないんですよ。ですけれど、この才能が物を言うのも、バックに兄貴の威光があるからで、これがなくちゃア、誤診ばっかりやらかしているものですから、本当は看護婦だって、肚の中じゃア、なめきっているわけですものね。だから、兄貴に見すてられちゃ、一気に看護婦にまで見捨てられちゃうでしょう。僕は一生、浮ぶ瀬がなくなるわけなんです」
数学、物理化学が丁、英語も丁、漢文と国語が丙、よくぞ申したり、アッパレな奴で、どんなに仏頂ヅラで怒っていても、たいがい腰がくだけてしまう。
衣子もさすがにウンザリして、完璧な低能なのね、とからかうと、えゝ、まア、生れつきですからねえ、と答えたそうで、色事のモメゴトのあげくの力演は、概してカケアイ漫才の要領になるものかも知れぬ。これは私も身に覚えのあるところである。
然し、衣子が種則をハッタと睨ん
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