くるのだから、私もにわかにムクレ上って、
「ハア、そうですか。然し、御当家の恥というのを、一から百まで承知している私ですよ。これから先をお隠しになったところで、頭かくして何とか云うイロハガルタの文句みたいじゃありませんか。私はたゞ御当家のために良かれと」
皆まで言わせず、
「イロハガルタの文句で相済みませんことね。三船さんはカン違いしていらっしゃるわね。当家と大浦家の関係は格別のものなんです。お分りになりませんこと。親戚以上の大切なもの。当家と三船家の比較にならない格別のものですのよ。ですから」
と言葉を切って、凜然たる一睨み、こうなっては尻尾をまいて引退るほかに仕方がない。芸人は引ッ込み方が大切なもので、気のきいたところをピリリとひとつ、それだけのユトリがあらばこそ、尻尾をまいた負け犬よりもショボ/\と、その哀れさ。
それでも廊下を通り玄関へきた時には、急にムクムクとふてくされて、河内山の百分の一ぐらいの悪度胸で居直り、
「オヨシちゃん。私を暫時、女中部屋で休ませて下さいな」
「アラ、そんな」
鼻薬を握らせて、
「お酒でも、買ってきて飲ませてくれると、オヨシちゃんも、女中なんかはさせておかないと言う人がアチラコチラから現れてくるだろうがな」
と、女中を相手に、からかいながら、待っている。
種則の帰るを待って、茶の間へヌッと推参、もとより、御不興は覚悟の上である。衣子はイマイマしげに、また、いかにもウルサげに、ジロリと一べつ、顔をそむけて、喋らない。
「いかなるテンマツとなりましたか」
「どんなテンマツがお気に召すのですか」
ハッタと、にらむ。私はビックリ、すくみながら、その色気に目を打たれて、ひそかに満足する。
「当家と大浦家の仲たがいが、血の雨でも降ることになったら、御満足なんですか。ゴセッカイに、チョロ/\、なに企んでいるのです」
「チョロ/\何を企むったって、屋根裏の鼠がひそかにカキモチを狙うんじゃあるまいし、それは、奥さん、あんまりですよ。私だって、一人前の男、四十歳、多少の分別はありますよ。失礼ながら温室育ちの奥さんに比べりゃ、数等世情に通じているからこそ、見るに見かねて、いえ、やむにやまれぬオセッカイ。ほんとですとも。毒殺ぐらい覚悟の上で、いえ、失言ではありません。坊主と医者てえものは気が許せませんや。年中扱いなれていやがるから、トンマな
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