君の社長の貫禄という奴をお見忘れがないように、というアサハカな示威戦術であるが、私という奴はいったん、弱気になるとダラシがなくて、今はもう、病院を訪れるには、ヤス子の同伴がなくては恥辱を受けるような不安があって、毎々ヤス子を拝み倒すのであった。
「私は、あなた、それは元来が小人物ですから、腹も立ちますよ。察しても下さい。美代子さんが内々は実は大浦種則氏を好いていると見抜いて、それとなく御両人を結び合してあげようと犬馬の労をつくしたのが、私ではありませんか。それをあなた、できてしまうと、オセッカイな邪魔ものみたいに、私を辱しめ、なぶりものにする。とかく苦労を知らない人は、そんな風に、好意とマゴコロもてかしずく人を、なぶりものにして快をむさぼるものではありますがね。私だって、腹が立ちますよ。それでも、私という人間は、そんなにまで踏みつけられても、いったんマゴコロをもって計った事の完成を見るまでは、附き添ってあげたいのです。いえ、附き添ってあげずにいられぬ性分なのです。こゝのところを、お察し下さい。ですから、踏みつけられても、私は遊びに行かずにはいられないのですよ。そこで、あなたに御同伴をお願いする。すこしでも、みじめな思いが少いように、そして、みすぼらしさを自覚せずにすむように。私はねえ、ガサツな奴ですよ、然し、至って、小心臆病なんです。私はみじめな思いを見るほど、悲しいことはないのですよ。悲しい思いほど、私の人生の敵はない。これを察して下さい、夏川さん」
こうやって、底を割ってみせるのも、私の示威だ。どうせジロリの相手なのだから、むしろ楽屋をさらけだす。衣子や美代子には、親切気などないけれども、ヤス子は頼まれゝば、人のためにも計ろうとする気持があった。
「ヤス子さん。三船さんの新聞社などお止しあそばせ。ヤミ会社の社員なんて、人格にかゝわりますわ」
と衣子が言う。ヤス子はすこし考えて、それから、キッと顔をあげて、
「新聞の仕事そのものはマジメな仕事なんです。私、かなり、やりがいのある仕事のつもりで、精一杯やってますわ。社長さんの編輯方針にも、時々不満はありますけれど、概して、共鳴することが多いのです」
ヤス子は嘘がつけない。ジョークを解さぬわけではないけれども、先方の軽い言葉が、ヤス子にとって軽視できない意味があると、本当のことしか言えないという気質であった。冗談
前へ
次へ
全53ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング