たを私の恋人の一人の席に坐らしめてみせます、と堅く心を定めた。そして、あなたの未亡人は必ず私の恋人の一人としますから、と、心に約束の言葉を述べつゝ、霊前に焼香し、黙祷したのであった。
 衣子はもはや四十一、十九の女子大学生があり、十四の中学生があったが、その冴えた容色はなお人目をひき、目も切れて薄く、鼻もツンと薄く、唇も薄く、すべてが薄く、そしてそれは金龍と同じ性質のもので、そしてやっぱり私をジロリと見るのであった。
 私は然し、こういう女の生態が分らない。金龍は浮気、浮気というよりも妖婦であったが、芸者ならざる衣子の場合はどうだろう? 私には予測がつかない。一般の型によっても、割りきれない。そのことが、又、さらに私の冒険心と闘志をふるいたたせた。
 私は先ず年来の恩義を霊前に謝する意味に於て、多額の新円をたずさえて、幾たびか足を運び、そうすることによって、女の客間の交通手形のようなものを彼女の心に印刷させることができた。
 私はそのために貧乏であった。必死に稼がなければならないのである。
 そして私は、衣子を観劇などに誘っても応じてくれる見込がついたときに、彼女の趣味を発見することに注意した。彼女が好きであるものに誘うというのは芸がない。彼女が好きな筈であるが、まだ彼女の知らないものに誘い、感謝をうけることが必要なのだ。衣子は感謝を知らない女であっても、要するに彼女の心をある点まで私の方に傾斜せしめることが必要で、そのためには、微細に注意した筋書きを組み立てゝ行くことが必要なのである。彼女は元来が私のようなガラ八の性格に反撥軽蔑する別人種であるのだから。
 ところが私は念には念をいれたあげくに、哀れビンゼンたる手法を用いてしまったのである。由来、恋のかなわぬ恋人というものは、とかく恋仇に恋の手引きをするような奇妙なめぐり合せになるものだが、そのあさましさを知りながら、私もそのハメに自分を陥し入れてしまったのである。
 衣子には恋人があった。亡夫の院長は盲腸だの癌だの内臓外科の手術に名声ある人であったが、その歿後は、亡夫の級友で、大学教授の大浦市郎という博士が週に二回出張して金看板になっている。この人が衣子の恋人であった。
 大浦博士は色好みの人であるから、衣子という一人の女に特別打ちこむようなところはなかったのだが、その財産には目をつけた。そういう人だから、私が砂
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