カストリ社事件
坂口安吾

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)怪《け》しからん

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ズカ/\
−−

 カストリ雑誌などゝ云って、天下は挙げて軽蔑するけれども、これを一冊つくるんだって、容易じゃないよ。まア、社長の顔を見てごらんなさい。やつれていますよ。これは、キヌギヌの疲れ、などという粋筋のものではない。生活難です。
「オイ、居ると云っちゃ、いかん。居ると云っちゃ、いかん」
 これが社長の口癖であった。彼は必死なのである。
 なんとかして、カストリ社の入口に受附をつくらねばならぬ。入口の扉をあける。ビルの一室を占めているカストリ社の全景は、ただちに見晴らしではないか。これは怪《け》しからん。
「ねえ、先生、ウアッ、怪しからん。生命にかかわる。わが社は、受附をつくらねばならぬ」
「なにィ」
 このカストリ社は、社長を先生とよぶ。なぜなら、彼は文士である。文士であった。粋であった。通であった。粋にして、通なるものが、カストリとは、何事であるか。世の終りだ。
 文藝春秋とか、鎌倉文庫とか、文士
次へ
全22ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング