くれても、いかんぞ」
一同を睨みまわして、
「オレは本日、これより、国際親善のパーテーに行く。国際親善は、オレのモットーだ。これだぞ。これでなくちゃ、いかんぞ、日本は、外務省などに、まかして、おけん。オレは民間外務大臣みたいなものだぞ。国際親善の実をあげておる。いゝか。これを見よ。オレはだなア、酒をのみつゝも、国際親善、この大きな目的を果しつゝ飲んでいるぞ。しかるに、なんだ、貴様らは。貴様らには、文化という重大な任務が課せられておる。その責任を果すのは、本懐じゃないか。国際親善、及び、文化。実に、これは、重大であるぞ。不肖、車善八、もうけたる大金を快く投げだして、文化国家建設に一身を挺す。これだけの人物は、日本に、おらんぞ。主義のため、国家のために、一身をギセイにしておるぞ。いゝか。わかったか。貴様らのイノチは、オレが、もらったぞ」
「だってさ、そりゃ、いけねえなア。困っちゃったな。オレは、イノチは、やられねえなア。なア、オイ、だって、ひとつしか、ねえもの、困るよ、なア」
と、大きな声で、悲鳴をあげたのは、土井片彦という自称天才詩人、二十六歳である。時と場所を心得ない。花田一郎は、目まいのため、逆上の気味で、
「アヽ、いけねえ。ホヽ、助けてくれ。ウム、もっともだ。ホホホ、オレは、悲しい。アヽ、ちょッと、木村、オレの心臓が、アヽ、いけねえ、ワア、倒れる」
肩幅一メートルの秘書氏がズカズカと歩いて行って、天才詩人氏に横ビンタを五ツ六ツくらわせた。土井片彦のお喋りは、なぐられて、よろけたぐらいで、とまるものじゃない。
「いたいよ。なぐるのは、卑怯じゃないか。オレ、兵隊の時も、なぐられて、まったく、よく、なぐられるよ。痛えな。よせよ。まったく、然し、イノチなんて、オレはアノコにも、やらねえからな。だからさ、イノチなんて、アノコに見せても、カッコウがよくねえし、オレはキリストじゃねえから、元々、イノチなんか、ねえんだもの。だから、オレは、天才なんだ。オレが天才だッてことを、知らねえんだから、オイ、痛いよ、よせよ、もし、ぶたれて、オレの頭が悪くなったら、世界の損失じゃねえかと思うんだ」
国際親善の大紳士にも、こういう怪漢は、はじめてのツキアイらしく、相当に面くらった御様子である。紳士が失ってはならないものは威厳である。車氏は悠然と、もう、よろし、秘書を制して、
「お前は
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