せかえるような世界にすんで、この男は、女なぞには、目もくれなかった。彼は男が好きなのである。けれども、オカマヤの如き下品なるものではない。およそ彼は露骨なるものを、にくむ。よって彼は、あくまで、純情であり、義理堅く、したがって、トンマであった。
浅草時代、ちょッとばかり世話になった知り合いのアンチャンが、今では親分になっている。テキヤなどとは昔の言葉で、今では土建業、ナント力組、即ち、紳士である。
その車組の善八親分に街でバッタリ会って、茶のみ話にカストリ社の窮状をもらしたところ、イクラありゃ、いゝんだ、と、事もなげに言ったものだ。あげくに、ポンと二十万、小切手をくれた。元来小心の花田が、犯人の如く、心細く窓口に待つところへ、ホンモノの二十万円が事もなげにつみ重ねられ、イヤ、驚いたネ、そうですとも、二十万円と申せば、帝銀事件の先生よりも三万円も余計じゃないか。何が何だか、分りゃしない。夢心持で、カストリ社へかつぎこんだ。
「なにィ」
と、一言、うなったきり、社長の先生、言葉もなく、身動きもない。
心に悩むところ大なる人物は、打見たところ、閑静で、全然、怠け者のようである。だから、社長の先生も、全然、怠け者のようであった。
冬は机の下へ電気コンロをおき、そこへ足をのばし、両手をクビの後へくんで、一日天井をボンヤリ見ている。春暖の候となるや、靴をぬぎ、両足を机の上へつきのばして、両手をクビの後にくんで、ボンヤリ天井をにらんでいる。夏になると、靴下もぬぎ、机の上へカナダライに水をいれて、その中へ足を突ッこんで、両手を後クビにくんで、天井をにらんでいる。
頃しも、春であった。机へ乗っけた社長の先生の両足にならんで、二十万円の現金がつみ重ねられている。花田の顔は、泣きだしそうに見えた。たゞ今、帝銀で、かせいで来ました、というようであった。それ以外に、どう考えれば、こんな奇蹟がありうるのか。
社長の先生も、あきらめきった顔をして、泥亀の要領で、足を机の下へひっこめた。
「もらったんです。つまり、くれたんですな」
と、花田は、切ない顔つきで、逐一事情を説明した。
「なぜ、くれたんだ」
「それが、その、わからねえや。つまり、くれたんですな。オトコ、か、ねえ」
「フーム。オトコ。そうか。オトコ、か。わかった」
と、叫んだが、わかったような顔ではない。
ともかく、金
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