も、むつかしいもんだな。わからねえや」
 そのとき、国際親善紳士、グイと身をひねって、
「この男を見損うな。この無礼者!」
 タタミをグンとふみ、片腕で、力イッパイ、タタミをたゝいた。
「このオレが、貴様らの、カストリ雑誌の、社長に、なりたがって、いるとでも思うか。貴様ら、天下の車組の社長、車善八を、貴様ら如きチッポケな雑誌の社長に見立てゝ、オレが、そんなものに、なると思うか」
「イヤ、社長、そうじゃないです。私は、わが社の社長問題などには毛頭ふれておりません。あなたが、自分から、言われたのです。私は、二十万円のお詫びに、突くなり、斬るなり、お気のすむようにして下さい、と申したゞけです」
 花田一郎は蒼白だ。後へは、ひかぬ。死ぬ覚悟である。
 いきなり、グアッと、メリケン。花田のからだは、ふッとんだ。ぶッ倒れ、動かない。鼻血があふれてきた。片彦は慌てゝ、二三歩うしろへ忽ち、逃げのびて、
「オレは、違うですよ。単なる、立会人だからね。オレは、しかし、終戦以来、とても、運が悪くッて、こまッちゃうよ。オレ、先日、スシ屋で、ほかの男と間違えて、ケンカをうられて、違いますよ、オレじゃないよ、と云ってるのに、ポカポカなぐられちゃって、運が、わりいよ。オレのオフクロ、子供んときから、成田のオマモリなんか持たせやがって、それが割れちゃったりして、つまらねえことまで、ネザメが悪くって、どうも、気分がよくねえよ。人を、まちがえちゃ、いけねえなア。心細く、なっちゃうよ」
 三分か、五分ぐらい、たった。国際親善紳士は、だまって、睨みつけている。
 花田は、ぶっ倒れて、鼻血をさかんに吹きあげて、依然、目をとじたまゝ、微動もしない。死んだのか、生きているのか、意識があるのか、ないのか、分らない。
 国際親善紳士が、スックと立ち上った。片彦はバネ仕掛にとび上って、逃げ腰となって、
「いけねえな。心臓が、弱くなるよ。オレは、全然、ちがうんだから、まちがえちゃ、いけねえなア。危ぶねえなア。オット、いけねえ」
「つまみだせ」
 秘書に云い残して、大紳士は立ち去った。
「ハア、ボクが、つまみだします」
 片彦は肩幅一メートル氏の顔色をうかゞいながら、
「たのみます。つまみだしても、いゝですか。死んでるのかな。いいですか、ゆさぶッても。オレを、なぐっちゃ、いけねえなア。なんだか、なぐられそうで、行かれねえ
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