新聞雑誌の彼の作品をきりぬいてつめたミカン箱は彼の大切な爪の跡だ。あれがなくなるとオレがなくなるのだとオロオロし、すつかり陰鬱にふさぎこんでゐるのに同情した後輩の栗栖按吉といふカケダシの三文々士が借金を払つてミカン箱をもつてくると、庄吉は大よろこび、その日からこのミカン箱を枕もとに置いて深夜に目ざめてはミカン箱をかきまはして旧作を耽読し、朝々の目ざめには朗々と朗読する、酔つ払へば女房を膝下にまねいて身振り面白く又もや朗読、自分の最大の愛読者は作者自身、次には女房、元々彼女は大愛読者で、女学生のとき庄吉先生を訪問したファンであり、それより恋愛、結婚、だから愛読の歴史はふるい。そのときから彼女自身切つても切れない作中人物の一人となつたが、作中の自分がいかにも気に入るから、さうなりませうと現実の自分が作品に似てくる。芸術が自然を模倣し、自然が芸術を模倣する。それといふのも、作品に彼女を納得させる現実性があつたからで、どれほど幻想的でも、作品の根柢には現実性が必要で、現実に根をはり、そこから枝さしのべ花さくものが虚構である。
ところが宿六の近作はだんだん女房を納得させなくなつてきた。つまり作
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