様に「やさしいお兄さん」であると云ふ。そしてなぜ愛されてゐるかといふと、この犯人は元来金が欲しかつたわけではないので、純一に少女を愛しいたはつてをり、そのために己れを犠牲にしてゐる。自分は食べずに少女には食べさせてやり、野宿の夜は少女のために終夜蚊を追つてゐるのである。こゝにこの事件の特異な性格が存してをるので、犯行それ自体は利己的なものであつても、少女に対する犯人の立場は自己犠牲をもつて一貫され、少女の喜びと満足が彼自身の喜びと満足であつたと思はれる。彼は半年一緒に暮した潔子には、家へ帰りたければ帰してあげると云つてゐたといふが、すでに少女の帰りたがらないことを見越しての自信からとは云へ、本心からのいたはりもあつたに相違ない。彼は強制してゐない。潔子は御飯をたいてお握りをつくつてくれたが、邦子は炊事を知らなかつた。さういふ相違に対しても、自分の便利のために邦子と潔子と同じ働きを強要することはせず、少女の個性に即して自分の方を順応させ、自己を犠牲にして意とせぬだけの本来の性格をもつてゐるのである。
 かういふ犯人にかゝつては、潔子や邦子の頭の悪さ、とか、世間知らず、といふことによる説明
前へ 次へ
全11ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング