は報告しておるのであります。この報告によってニッポンへやって来る人間が、大変に多くなったのであります。そういう志を持つヨーロッパ人が急激に増加したのであります。
けれども、皆さん御存知のいわゆるキリスト教というものが、このニッポンへ渡来いたしまして、そして、本当の意味でニッポンと外国とが政治的に接触いたしましたのは、それから六年ほど経ちました一五四九年の、七月十五日のことでありますが――これはキリスト教の歴史という点で考えますと非常に大切な日なのであります――、この日に、フランシスコ・ザヴィエルという人物が、ニッポンの土地に初めて到着したのであります。
さて、この事実についてでありますが、われわれが特に記憶しておかなければならぬことがあるのであります。それは、この時に初めて日本の土をふんだ、このフランシスコ・ザヴィエルという宣教師は、当時、ヨーロッパにおきましても、まれに見る高僧なのでありまして、ジェスイットという宗派は、御存知のとおり今日でも残存致しているのでありますが、この宗派の開祖であるロイラーなる人物の最も親密な協力者であり、また最も信頼された同志であり、自他ともに許した最高の学識を有した高僧であったのであります。とは申しますものの、このジェスイット派と申しますのは、十六世紀の初頭にいたってカトリックが腐敗いたしまして、それに対抗しそれを改革しようとして、例のマルティン・ルーターが新教(プロテスタント)を樹立した、その結果としてカトリックの名声が地に墜ちました時に、こんなことでは不可《いけ》ないというので、真のカトリック精神、根本的なものへ還った意味でのカトリックの精神を実質的に回復させなければならぬというので、イエス・キリストの弟子という標語を押し立てて組織されたところの、非常に強力な同志的な結合をもっている宗教団体でありまして、貧乏、童貞、服従という三つの徳目をモットーといたしまして、人間個人の一切の私利とか私慾とかいうものを捨離して、神に仕えるという宗教であります。この宗派のこのモットーは大変に厳しいのでありまして、戒律というようなものが厳しいものであるなかでも、このジェスイット派は、特に厳格な戒律を守るという誓言によって成立した宗派なのでありました。この宗派が確固としたものとなりましたのは、フランシスコ・ザヴィエルがニッポンに到着しました時の九年前、すなわち一五四〇年に到りまして、初めてのことなのであります。
もともと宗教と申しますものは、長年月にわたってつづいておりますと、どうしても堕落いたしますものですけれども、その例はまことに多いのでありますが、このように宗派の結成の初期といいますものは、何しろ非常に熱狂的なのでありまして、従ってニッポンへ初めて参りましたフランシスコ・ザヴィエルは前に申したとおりでありますが、その後にいたって続々としてやって来ました神父たちも、いずれもヨーロッパにおきましては、最も高徳な僧侶である、ということを記憶しておかなければなりません。
これらのことを頭の中へ入れておきますと、ニッポンがその当時に於てヨーロッパの影響をはげしく受けまして、殊に精神的には驚天動地というような感動を受けた面がありましたのも、たゞ今申すとおりに、ヨーロッパでも択《よ》りぬきといった神父たちがそろって、ニッポンへやって来ていたという、特殊な事情があったからなのでありまして、彼の地の宗教事情はともかくとしても、ニッポンにとっては、これは望外の仕合せであったのかも知れないのであります。
ところで、このフランシスコ・ザヴィエルという人物でありますが、この教父がどうしてニッポンへやって来るようになったかと申しますと、実はザヴィエルはインドで布教するために東洋へやって来ておったのであります。ですが、インドは御承知のとおり熱帯地方でありまして、インドの人間という者は、非常な怠けものでありまして、熱い熱いでどうも仕方がないのですから同情しますが、新しい知識などを求めようという意欲はまず持ってないと云ってよいのであります。もう一つ、インドにはごく古くから伝っている宗教が根強くはびこっていまして、その力はひろいので、新しい宗教を受けつけることを為《し》ないのであります。
さすがのフランシスコ・ザヴィエルも、この有様で、悲観しておりますと、たまたま一人のニッポン人が彼のところへやって来たのであります。これは弥次郎という人間であります。
この弥次郎が、どうしてインドへやって来たのかと申しますと、彼は鹿児島の人間であります。或る時、人を殺しまして、役人に追われて、お寺へ逃げこみました。何んとかして助かりたい。ところが、彼はポルトガルの一商人と友だちでありましたので、そのポルトガル商人に頼みこみまして、鹿児島の港へポル
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