活選手の慈善の対象と化しつつあるのである。
 慈善の性格というものには、多かれ少かれ、かかる無智のバカラシサや、ギマン矛盾がふくまれているものだ。そのバカラシサが、このように明白なものはまだ罪がないので、そのバカラシサが如何に多く現実に横行し、自覚されずにいるか判らない。
 政治献金は利益の取引ではなくて、単なる献金だという。つまり慈善である。利益の取引は罪を構成するかも知れぬが、献金や慈善は罪を構成しない。その代り、人間の生活を、無学無智、白痴の世界へひきずりこんでいるものだ。神を怖れざる仕業である。
 私は阿部定さんに結婚を申込み、万引の美少女に結婚を申込む勇士の方に賞賛をおくる。それは慈善ではない。あきらかに、好色である。羞恥なき仕業であるかも知れないが世のツマハジキを怖れない勇気がいる。つまり自ら罪人たる勇気がいる。献金だの慈善などと言わずに、自ら利益の取引であることを明にしている態度なのである。
 近ごろの政治献金という慈善事業は、伯爵の倅《せがれ》を引取りに行く裏長屋のオカミサンによく似ている。無学無智、白痴たることによって罪を救われているにすぎない。
 自らの罪を知り、罪に服する勇気なくして、知識も文化も向上もあるものではない。

     太宰の死

 太宰のことに就ては、僕はあまり語りたくない。僕自身の問題として、僕の死ということは大した問題だと思っていないから、太宰の場合にしても、とりわけ自殺に就て、考える必要もないと思っている。その自殺によって、彼の文学が解明されるという性質のものでもない。自殺などがどうあろうと、元々彼の文学は傑出したものであり、現実の自殺という問題は、あってもなくとも、かまいやしない。
 文学者の自殺ということは、社会問題としては珍聞であるかも知れぬが、文学者仲間の話題としては、そうかい、太宰は死んだかい、おやおや、女と一緒かい、というだけのことだ。
 人間の思想に、どうしても死ななければならぬなどという絶体絶命のものはありはせぬ。死ななければ、生きているだけのことである。同じことだ。文学者には、書いた作品が全部であり、その死は、もう作品を書かなくなったというだけのことである。
 太宰は、その近作の中で明かに自殺しているが、それだから、現実に自殺をしなければならぬという性質のものでもない。
 私は然し太宰が気の毒だと思うのは、彼が批評を気にしていたことである。性分だから、仕方がない。それだけ可哀そうである。
 批評家などというものは、その魂において、無智俗悪な処世家にすぎないのである。むかし杉山平助という猪のようなバカ者がいて、人の心血をそそいでいる作品を、夜店のバナナ売りのように雑言をあびせ、いい気になっていたものだ。然しその他の批評家といえども、内実は、同じものである。
 太宰はそんな批評に、一々正直に怒り苦しんでいた。もっとも、彼の文学の問題が、人間性のそういう面に定着していたせいでもある。だから、それに苦しめられても、それが新しい血になってもいた。だから又、死ななくとも、よかった。それを新しい血にすればよかったのである。
 自殺などは、そッと、そのままにしておいてやるがいい。作品が全てなのだから。まして、情死などと、そんなことは、どうだっていいことである。
 僕はまだ彼の遺作を読んでいないから分らないが、今まで発表された小説の中では、スタコラサッチャン(死んだ女に太宰がつけていたアダナ)を題材にしたものはないようだ。だから、未完了のうちに死んだか、書く意味がなかったか、どちらにしても、作家としての太宰にとって、その女が大きな問題でなかったことは明かである。
 昨日、某新聞が、太宰が生きていて僕がかくまっていると云って、僕を終日追跡。ソソッカシイ新聞があるものである。

     文学の社会的責任と抗議の在り方

 私が本欄に書いた「応援団とダラク書生」に明治大学の応援団長から六月二十日の世界日報紙上に抗議文が寄せられた。
 別段筆者に謝罪を要求するというような性質のものではなく、ただ応援団と明大学生自治運動の在り方について弁明し、あわせて筆者の文学を応援団的に批判したものであるから、私はそれに弁明も反駁も加えようとは思わない。
 然し、次のことだけは、明大応援団と私との問題としてでなく、文学の問題として、明確にしておきたい。
 文学上の問題は、たまたま実在の何ものかに表面の結びつきがあるにしても、その個を超えて、人間の本質的な問題として、全人間的に論じられているものである。
 もとより、作家は自らの文章に全ての責任を負うている。社会的責任のみならず、さらに厳正絶対な人間的責任を負うているものである。私は社会によって裁かれることは意としないが人間によって裁かれることを怖れる。私が
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