リートの上下四方ていねいに拭かせ、水を一滴こぼしても、コラ、なんてことするのよ、地上建築と違うよ。衛生が判らないの、マヌケモノ! と叱りつけ、それでも湯を沸して、お茶をついでくれて、
「ハイ、御苦労さま。あんたは一つでタクサンだ」
と、まずそうな大福をひとつ皿にのせてくれて、自分はヨーカンだのカノコだのと大きな菓子皿からとりだして食べている。
「ボクにもヨーカンおくれよ」
「ダメ」
と、冷めたく一言、自分がたべるだけ食べてしまうと、菓子器をかたづけて、
「ねえ、アンタ。アンタの社で、私をいくらで使ってくれる。タイクツなのよ。それにオコヅカイも、足りないのよウ」
「そうだなア。三千円ぐらいじゃないかネ」
「一カ月の給料よ」
「だからさ。それだって、高すぎるんだよ。だいたい、女の子が、三人で、男の一人の仕事もできないからねエ」
「ヘーン。アンタはいくら貰うの」
「六千円ぐらいだね」
「ナニ言ってんだい。アンポンタン。私はねエ、目があったら、私を見てごらん。エロ作家ぐらい、一目で悩殺しちゃうからネ。私のナガシメはネ、十幾通りも変化があるけれど、文士なんか二ツ目までゞタクサンだ。オマエサンはデクノボーさ。ゼンゼン、センスがありゃしない」
と、大変な見幕で怒りだしたそうであった。以上がお魚女史の第一回目の訪問のアラマシである。
★
第一回の登場ぶりが凄かったから、連日の来訪に悩まされることになるのかと怖れをなしたり、内々は待ちかねるところがあったりしていたが、一向に現れない。
三四度、道で会った。すると、アラア、先生、コンチハ、オハヨウ。アラ、イケネエ、シマッタ、などゝ、慌しく取りみだしながら、喋りまくるのは、第一に弁吉の悪口である。
弁吉は毎週三日ぐらいずつお魚女史を訪問しているのである。そのツイデに、稀に私を訪ねて女房とムダ話をして行くのだが、そんなことはオクビにも出さない。
「弁吉はアツカマシイのよ。ヨーカンおくれよウ。カステラくれろよウ。旦那が来てる時でも、平気なんですよウ。オタノシミだねえ、ハハハア、なんて、ニヤニヤ三時間も腰を上げないんですよウ。あんな子、イヤだわねエ。オ弁当もって来て、ウチでオヒルたべて行くのよウ。先生のウチへ原稿をサイソクに来ていることになってんだけど、行ったってムダだからネエ、こゝに遊んでる方がノンキでいゝ
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