だからネ。だけどネ、ちょッと、モッタイをつけてネ、待たしてやるのも面白いんだ。だってさ、あなた何してんのッて訊いたらさア、アンタなんかゞヨケイな事を訊くんじゃないよッてねエ、ハッハッハ、香港から引揚げてきたんだってさ、香港でスパイをやってたッてねエ、日本軍のじゃなくってさ、聯合軍の手先きでねエ、日本の将校を手玉にとってたなんて言いやがんだもの。日本人はダラシがねえんだッてさ。ツマラネエんだそうだネ。だもんでネ、先生がネエ、いくらか変ってるんじゃないかと思ってネ、見物に来たんだそうだよ。手ブラで来やがんのさ。包みをかゝえているからネ、それ手ミヤゲって訊いたらネ、オヒルのお弁当だってさ。動物園にもあきたんだろうネ。アハハ。キチガイかも知れないネ」
と、私の返事など気にかけるところはミジンもなく、悠々ととって返して、女をつれてきた。
「コンチハア」
と部屋の入口で女は奇声をあげたが、キチンと坐って三ツ指をついて、きわめて礼儀正しくオジギをした。
「アハハ。入場料のいらない動物園てのが、あったんだねエ。アハハ」
と、弁吉は悦に入って、
「今ね、日本産の河馬がねェえ、お酒をのむからね、徹夜の催眠薬なんだ。あなた、のむの? ついであげようか」
「この子、キチガイなんですかア。先生」
と云って、女は私にニッコリ笑いかけた。私はバカらしくなって笑いだしたが、弁吉は大喜びで、
「ボクねえ、松沢病院へタネとりに行ったことがあるんだよ。そしたらさ、患者がねェえ、あっちの窓、こっちの窓からボクを指してさ、キチガイ、キチガイって笑いやがんのさ。あなた、なんて云うの? ア名刺があったネ、佐野龍代クンネ、龍代さんは香港で入院していたの?」
「イヤらしい子ネ。先生たら、文士なんか、なんですかア、先生のお弟子なんて、みんな、こんなキチガイなんですのウ」
「ハッハッハ。ボクはキミ、健全な人間なんだ。日本人的でないだけなんだよ。香港なんかも、人間はいないよねエ。田舎だからネ」
「香港、香港、て、さっきからネゴトばっかり言ってるわね」
「香港じゃア、なかったの」
「バカなんですよ、アンタは。アンタみたいなチンピラが、編輯長だの、詩人だのッて、それで私が香港のスパイのッて、からかってるのが判らないの」
「これは、イケネエ。ハハハ、その手があったかネ。まんざら、キチガイでもなかったんだネ。じゃアネ、ウ
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