、箱をつかみあげて、サッサとそれもフトコロへ入れてしまった。
女史はテーブルを取り去った。それから、フロシキ包みをといて、リンゴをつきさした竹の棒と、まるい紙をとりだしてきた。デンスケである。組立てができると、碁盤をひきだしてきて、腰を下して、
「デンスケですよウ。いゝですかア。奥様、今度は、シッカリねエ。廻しますよウ」
クルクル廻りだす。女史はサッと身構えて、紅潮し大口をあいたと思うと、
「張った、張ったア、さア、張ったア。張って悪いはオヤジの頭ア。張らなきゃ食えないチョーチン屋ア」
とんでもない大声をはりあげる。外は嵐だから、いゝようなものゝ、はずかしくて、とても聞いていられない。私はねむくなったので、先にひきあげて、ねむってしまった。
私の家にはフトンが二人ぶんしかないのである。夏なら何人でもお泊めできるが、春さきの嵐の日では、一人だけしか泊れない。御三方の帰る電車は、もう、なくなっていた。そのころは、節電のため、終電が早やかったのである。
お魚女史は我が意を得たりと御三方を防空壕へ案内し、夜の明けるまで、デンスケと三つのピースの箱をやった。御三方は、スッテンテンにやられたのである。困ったことには、女房の奴まで喜び勇んで、ついて行って、私の紙入れをカラにしてきた。
その日以来、凹井狭介先生が足繁く私を訪問するようになった。理由は申すまでもなくお判りであろう。
弁吉がアゴをなでゝ、
「アハハハ。四十の恋も、案外、つつましいもんだねエ。ハハハア」
などゝニヤリニヤリしているが、その本人も、同じ程度の心境であろう。
成行の程は判らないが、どうせバカゲタ結末にきまっている。
底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「八雲 第三巻第八号」八雲書店
1948(昭和23)年8月1日発行
初出:「八雲 第三巻第八号」八雲書店
1948(昭和23)年8月1日発行
入力:tatsuki
校正:砂場清隆
2008年5月10日作成
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