ナニ、ナニ? ワッハッハッア。ウーム、これは」
こういうゴシップときては目のない凹井狭介である。この男には友人の文士どもが泣かされているのである。自分でゴシップをつくりだすという主犯の役目はやらないのだが、ひとたびゴシップがこの男の耳にふれたが最後、二日のあとには津々浦々に伝わっている。毎日三十枚のハガキを速達でだしている。それがみんな愚にもつかないゴシップを書いたハガキで、当人はただもう、それを人に知らせるのが楽しくてたまらないのである。十六の倅《せがれ》があって、十五の娘がある男の仕業とは、とうてい信じられないフルマイであるが、ゴシップとくると、タシナミも恋も忘れて一膝のりださずにはいられないという奇怪な男で、このときも、忽ちとりのぼせて、喜悦のあまり肩をワナワナふるわせながら、膝をのりだしてきたのである。
すると、テーブルがグイグイッと動いて、彼の胃袋のあたりへドシンと突き当った。
「アラ、ゴメンあそばせ」
と、お魚女史は事務的に呟いたゞけであった。彼女は弁吉の話の途中から、多忙をきわめていたのである。どういう目的だか判らないが、テーブルの上のものを、せッせと下へ降していた。口惜しまぎれに、酒をのませないコンタンかな、と私も呆気にとられていたが、凹井がゲタゲタ喜悦の笑いを吹きあげて一膝のりいれると、折から酒肴の取り払われたテーブルをチョイとひいて、ドシンと凹井の胃袋にぶつけたのである。
「お痛くありませんでしたことウ」
などゝ鼻唄みたいに呟きながら、尚もせッせとワキメもふらず、今度はテーブルをふいていた。
「ワッハッハ。そうですか。ケッケッケッ。二股のヒジはアナタにぶんなぐられたんですか。キャッ、キャッ、キャッ。ギューッ」
再びテーブルが先刻以上の快速力で凹井の胃袋に突き当っていた。凹井は胃袋を押えて、もう一度、
「ギューッ、グッ」
と呻いて、どうやら他人の気持というものが意識にのぼったらしく、てれかくしに笑いながら、いかにもミレンがましく沈黙した。
お魚女史は嵐の中を何やら大きなフロシキ包みをブラ下げてきたのである。凹井の沈黙を見とゞけると、
「アラ、ごめんなさいネエ」
とニヤリと笑って、フロシキ包みの中から、ピースの箱を三つとりだしてきて、テーブルの上へならべた。
「先生方、これ、御存知ィ。今度はじめた内職なのよウ。弁吉はお金がないから、
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