“歌笑”文化
坂口安吾
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)湯女《ゆな》
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歌笑のような男、落語の伝統の型を破った人物は、私の短い半生でも、さきに金語楼、また同じころ、小三治(今、別の名であるが忘れた)などというのがいた。金語楼は兵隊落語、小三治は源平盛衰記など新しくよんだのである。私がはじめて彼らをきいたのは中学生のころで、彼らは私とほぼ同年配、いくらか年長の程度ではないかと思うが、今の歌笑にくらべると、これほどの時代的な関心はよばなかったようだ。彼らの話術を比較してみても、金語楼よりは、歌笑の方に、あくどさがいくらか少いし、時代への関心もいくらか深い。金語楼は若い時からハゲ頭の自嘲を売り、歌笑は醜男を売る。金語楼のハゲ頭はウワッ面なものだが、醜男は歌笑の落語の骨格をなしており、それがないと、歌笑の落語が生れなかったぐらい本質的なところにつながっていたようだ。
金語楼と歌笑をくらべると、私は躊躇なく歌笑の方に軍扇をあげるが、歌笑は金語楼程度に未来があったかどうかは疑わしい。歌笑は映画に転向して成功することが、ちょッと考えられないからであるし、二人ながら、落語の世界では新型であっても、それほどの時代感覚があるわけでもなく、芸自体として、一流品では決してない。二流品でもない。もっと、下だ。
金語楼が落語界の新型であったころ、芸界では、もっとケタ違いに花々しい流行児があり、それが無声映画であり、活弁であった。今の徳川夢声と生駒雷遊が人気の両横綱で、群をぬいており、西洋物で夢声、日本物で雷遊、中学生の私は夢声の出演する小屋を追っかけまわしたものであるが、当時の民心にくいこみ、時代の流行芸術としては、落語の金語楼などの比ではない。芸の格もちがう。夢声はトーキー以来漫談から芝居、映画に転じ、現在ではラジオの第一人者でもあり、文章においても、出色の存在だ。あらゆる点で日本の芸人の第一流の存在であるが、これにくらべると、金語楼や歌笑はケタ違いに小さな三級品程度にすぎないのである。
又、漫才界では新風を劃したエンタツ、アチャコがあり、このうち、エンタツは夢声に比すべき第一級の存在で、喜劇俳優としては、一流中の第一流の天才だと思うのだが、そのすばらしい演技にもかかわらず、その風采や、又、喜劇というものの日本における位置などから、芸に相応して甚だしく低い待遇をうけているのは気の毒である。エンタツの天才や、時代感覚にくらべれば、歌笑などは、金魚とミミズぐらいの差があって、戦後にえた人気は、身に余るものであったろう。
しかし、落語家が、歌笑をさして漫談屋だとか、邪道だというのは滑稽千万で、落語の邪道なんてものがあるものか。落語そのものが邪道なのだ。
落語が、その発生の当初においては、今日の歌笑や、ストリップや、ジャズと同じような時代的なもので、一向に通でも粋でもなく、恐らく当時の粋や通の老人連からイヤがられた存在であったろうと思う。つまり、最も世俗的なものであり、風流人の顔をしかめさせた湯女《ゆな》的な、今日のパンパン的現実の線で大衆にアッピールしていたものであったに相違ない。
それが次第に単に型として伝承するうちに、時代的な関心や感覚を全部的に失って、その失ったことによって、時代的でない人間から通だとか粋だとかアベコベにいわれるようになった畸型児なのである。
明治、それから、大正、昭和という途方もなく飛躍的な時代を経過して、昔の型から一歩もでることができずに、大衆の中に生き残ろうなどとムリのムリで、粋とか通とかいわれることが、すでに大衆の中に生きていないことのハッキリした刻印なのだ。大衆の中に生きている芸術は、常に時代的で、世俗的で、俗悪であり、粋や通という時代から取り残された半可通からはイヤがられる存在にきまったものだ。
落語というものが、昔のまま、庶民芸術の様相だけもちながら、全然庶民性や、時代性を失っているから、いつの時代にも、金語楼や歌笑に類するもの、つまり、時代感覚をとり入れようとする反逆児が、今後も常に生れてくるにきまっている。
しかし、金語楼にしろ、歌笑にしろ、その時代感覚というものは幼稚千万なものだ。落語という窓の中から外を眺めて採りいれたにすぎないもので、決して時代を創造するような一級的なものではなかった。だから、今後の落語界に、歌笑以上の新人が現れるだろうことは想像にかたくない。
しかし、歌笑に一つの独自性があったとすれば、彼の芸の背景にしっかりと骨格をなしていた醜男の悲哀であったろう。それは菊池寛の骨格をなしていたそれよりも、もっとめざましく生ま生ましいものであったし、彼はそれを、ともかく生ま生ましくない笑いに転置することに成功していたのである。
それが歌笑の強味であっ
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