轤謔しいですか。」
「私のほうからお知らせしましょう。」
すると彼は出ていった。べつに怒ってるふうはなかったが、頭を振りながら、ちょうどこう自ら言ってるようだった。
「不信仰者だ!」
いや、私はいかにも低く堕《お》ちてはいるが、不信仰者ではない。私が神を信じていることは、神が知っている。いったい彼は、あの老人は、何を私に言ったか。本当に感じたもの、心を動かしたもの、涙のにじんだもの、魂からじかに出てきたもの、彼の心から私の心へとかようもの、彼から私へつながるもの、そういうものは一つもなかった。そしてただ、ある漠然としたもの、ぼやけたもの、万事にまた万人に通用できるものばかりだった。深みを要するところに誇張を持ち来し、素純を要するところに平明を持ち来した。それは一種の感傷的な説教であり、神学的な哀歌だった。ところどころにラテンの句をラテン語で引用し、聖アウグスティヌスとか聖グレゴリウスとかいうものが出てきた。そのうえ彼は、すでに二十ぺんも暗唱した課目を復唱してるようであり、知りすぎてるために記憶のうちに消えかかった課題を復習しているがようだった。目には何の輝きもなく、声には何の抑揚もなく、手には何の身振りもなかった。
がどうして他のことを彼に望めよう。その司祭は監獄の本職の教誨師である。彼の職業は人を慰安し訓戒することで、彼はそれによって生活している。徒刑囚や科人《とがにん》は彼の雄弁のばねである。彼はそれが自分の仕事だからして、彼らを懺悔させ彼らを補佐する。彼は人を死に連れてゆくことで年老いている。戦慄すべきことに長く馴れている。白の髪粉をつけたその髪の毛はもう逆立つことはない。徒刑場と死刑台とは彼にとっては毎日のことである。彼は鈍りきっている。たぶん彼は帳面でも持っていて、徒刑囚のページや死刑囚のページがあることだろう。翌日の何時には慰めてやるべき者がある、ということを前日から知らせられる。そこで徒刑囚か死刑囚かをたずね、そのページを読み返して、それからやってくる。そういうふうにして自然に、ツーロンに行く者もグレーヴに行く者も彼にとっては普通事となり、また彼らにとっては彼が普通事となる。
おお、そういうもののかわりに、どこでもよいから手近な教区に行って、どんな人でもよいからある若い助任司祭を、あるいは年とった司祭を、私のために探してもらいたい。そして彼が暖炉《だんろ》のほとりで、書物でも読んでいてなにも予期していないところをつかまえて、こう言ってもらいたい。
「死にのぞんでいる一人の男がいます。あなたにその男を慰めていただきたいのです。その男が手を縛られる時、髪の毛を切られる時、あなたはそこについていてください。その男の馬車に十字架像を持って一緒に乗って、死刑執行人が彼の目につかないようにしてください。グレーヴの刑場まで彼と一緒に揺られていってください。血に飢えてる恐ろしい群集のあいだを彼と一緒に通ってください。死刑台の下で彼を抱擁して、それから彼の頭と体とがはなればなれになるまで、そこに控えていてください。」
そして、頭から足先まであえぎおののいてるその司祭を、私のところへ連れてきてほしい。その両腕のなかに、その膝の上に、私の身を投げ出させてほしい。彼は涙を流すだろう。私たち二人は涙を流すだろう。彼はよく話してくれるだろう。私は慰められるだろう。私の心は彼の心のなかでやわらぐだろう。彼は私の魂を受け取るだろう、私は彼の神を受け取るだろう。
しかしあの人のよい老人は、私にとって何であるか。私は彼にとって何であるか。彼にとって、私は不幸な部類に属する一個人であり、彼がすでにたくさん見た影と変りない一つの影であり、刑執行の数に加うべき一個にすぎない。
私が彼をこういうふうに退けるのは、おそらく間違いであろう。彼のほうは善良で、私のほうは邪悪である。ただ悲しいかな、それは私のせいではない。すべてを害《そこ》ない凋《しぼ》ます死刑囚の息吹きのせいである。
食物が持ってこられた。彼らは私が食べたがってると思ったのだ。念を入れた軽い食物、若鶏らしいものと他の何か。私は食べようとしてみた。しかし一口ものどには通らなかった。それほど私にはにがにがしい胸悪い味がした。
三一
帽子をかぶった相当な人が一人はいってきた。彼は私のほうにはほとんど目もくれず、尺度器を開いて、壁の石を下から上まで測っていきながら、よろしい[#「よろしい」に傍点]とか、いけない[#「いけない」に傍点]とか、高い声で言った。
私は憲兵にそれが誰であるかたずねた。監獄に雇われてる下級の建築技師らしい。
彼のほうでも、私に対して好奇心をおこした。一緒について来てる鍵番と低く数語をかわした。それからちょっと私の上に目をすえ、無頓着なふう
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