lはその体刑執行の仕事になかば天候の力をかりたがってるかのようである。
 群集と馬車の男たちとの間に、なんともいえぬ恐ろしい対話が始められていた。一方から侮辱的な言葉、他方から挑戦的な言葉、そして両方に呪いの言葉がまじった。しかし指揮官の一つの合図で、見てるまに棒の打撃が、肩といわず頭といわず手当りしだいに馬車のなかに降りそそいだ。そしてすべては秩序[#「秩序」に傍点]といわれる外的の一種の平静さにかえった。しかし彼らの目は復讐の色に満ち、彼らの拳《こぶし》は膝の上に震えていた。
 五台の荷馬車は、騎馬の憲兵と徒歩の監視とに護られて、ビセートルの高い円門の下にあいついで見えなくなった。六台めの馬車が後に続いて、そのなかには、釜や銅の鉢や予備の鎖などがごたごた揺れていた。酒保にぐずついてた数人の監視は、列に加わるために駈け出していった。群集は四散した。その光景は幻のように消え失せた。フォンテーヌブローの敷石道に響く車輪や馬足の重々しい音、鞭の鳴る音、鎖のかち合う音、徒刑囚らの旅を呪う群集のわめき声、それらもしだいに空中に弱まっていった。
 しかしそれは彼らにとってはまだ初めにすぎないのだ。
 かの弁護士はいったい私に何ということを言ったのか。終身徒刑! ああそうだ、いっそ死刑のほうがましだ。徒刑場よりもむしろ死刑台のほうが、地獄よりもむしろ虚無のほうが、徒刑囚の首枷へよりもむしろギヨタン氏の刃《やいば》へこの首をわたしたほうが! 徒刑とは、おお!

       一五

 不幸にして私は病気ではなかった。翌日は病室から出なければならなかった。幽閉監房がまた私を囚《とら》えた。
 病気でないというのか! 実際私は若くて健康で丈夫である。血は自由に私の血管を流れ、四肢は私の気ままになる。体も精神も頑健で、長命にできている。そうだ、それは本当だ。しかしそれでも、私は一つの病気を、致命的な病気を、人間の手で作られた病気をもっている。
 病室を出てしまってから、一つの痛切な考えが、気が狂うほどの考えが私に浮かんだ。もし病室に残っていたらあるいは脱走することができたろうという考えである。あの医者たちは、あの修道女の看護婦たちは、私に同情してるように見えた。こんなに若くてこんな死にかたをする! 彼らは私を不憫《ふびん》に思ってくれてるようだった。それほど彼らは私の枕頭で親切をつくしてくれた。なに、好奇心からだ。それにまた、病いをなおすそれらの人々は、発熱を回復させることはできるが、死の宣告を回復させることはできない。とはいえ、それは彼らにいとたやすいことだったろう。戸を一つ開くだけだ。それが彼らにとって何であろう。
 今はもう何の機会もない。破毀院は私の上告を却下するだろう、万事が規定どおりになされているから。証人らは立派に証言したし、弁論人らは立派に弁論したし、判事らは立派に裁判した。私は物の数にはいらない。ただせめて……。いや。ばかげたことだ。もう望みはない。上告などというものは、深淵の上に人をぶらさげるひとすじの縄であって、切れるまでは絶えずみりみりいう音が聞こえる。あたかも断頭台の刃が落ちるのに六週間かかるかのようである。
 もし赦免を得たら? ――いや、赦免を、いったい誰から、何のわけで、どうして? 私が赦免されるようなことがあるものか。彼らが言うとおりに、私は実例なのだ!
 私はもう三度足をはこぶだけのことだ。ビセートルの監獄、コンシエルジュリーの監獄、グレーヴの刑場。

       一六

 病室でわずかな時間をすごしたとき、私は窓のそばに座って、日の光に――日の光がまた射してきたのだった――あたっていたことがある。あるいは少なくとも、窓の鉄格子がもらしてくれる日光を受けていたことがある。
 私はそこで、重い燃えるような頭を、支えかねる両手でかろうじて支え、両|肱《ひじ》を膝につき、両足先を椅子の桟《さん》にかけていた。というのも、喪心の極、四肢には骨がなくなり肉には筋肉がなくなったかのように、かがみこみ折れまがってしまったのだ。
 私は監獄のよどんだ臭いにいつもよりひどく息苦しさを覚え、耳にはなお徒刑囚らの鎖の音が残っており、ビセートル全体の大きなものうさを感じていた。そしてもし善良な神があったら、私を憐れんでくれて、せめて一羽の小鳥でも私に送って、そこで、正面のところで、屋根のへりで、さえずらせてくれるはずだが、というように思われた。
 その私の願いをききとどけてくれたのは、はたして善良な神だか悪魔だかわからないが、ほとんどその時すぐに、窓の下に、一つの声がおこってくるのが聞こえた。小鳥の声ではなかったが、もっとよいもので、十五、六歳の小娘の清い爽やかな柔かな声だった。私は飛びたつように頭をあげて、彼女が歌ってる唄にむさぼ
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